第13話 戌の女、困惑す
決着がつき、遮幕が消えたことで表に出たガルシアは、傷だらけの虎徹を介抱した。
ついでにアンダーソンが投げ捨てていった拳銃とライフルも回収したわけだが、3丁投げ捨てている6発装弾の拳銃とは異なりライフルは単発式なので弾がない。
無用な長物なので役に立たないかとガルシアは落胆するが、気落ちしている暇はないようだ。
虎徹は致命傷ではないが血を流しすぎていてしばらく安静が必要。
晶は依然として薬の効果で眠ったまま。
この場にいる戦力は自分一人な中で、先のテツを踏まんと約定書を確認すれば、犬のアイコンが近づいてきていた。
自分から言いだした共闘関係である以上、今度は二人を護らなければ不義理。
ガルシアは近づいている天覧の気配に気を引き締めつつ、拾った拳銃の具合を確認した。
「ここにアイツがいるのか」
それからしばらく。
準備万端なガルシアに対して、こちらは勢い任せなメアリは池田屋の前に立った。
池田屋を含め天が配置した店は中立地帯のため天覧時にははじき出されるわけだが通常の戦闘ならばなんら不都合はない。
奇襲を得手とする彼女としては、敵船への襲撃に近い屋内での戦いに自身があった。
(問題は兎と虎も一緒ということか。虎の男はさっきの怪我があるから狙いやすいが、アイツは連れに手を出すと怒るから迂闊には出せないな。それに兎はおそらく万全。初っ端から天覧を挑んでアイツ一人に絞るべきか?)
メアリは晶の天覧を見ていなかったため兎の正体が薬で眠っている女の子だと知らない。
そのため要らぬ警戒が彼女を慎重にさせた。
相手の位置を把握しているのはお互い様。
ガルシアとその仲間も4人目の参加者に警戒を強めているだろうと。
彼女にとって用事があるのはガルシアだけ。
避けたいのは虎徹たち仲間らしき他の参加者に邪魔されることだ。
だが慎重になったことで彼女は思い直す。
サバイバルゲームにおいて初対面の益荒男たちを仲間に引き入れようなどと考える男が昔の女を拒絶するものかと。
素直になればメアリにとってガルシアとの共闘はむしろ喜ばしい。
かつての彼女と彼はそういう仲だった。
しかしそんな甘い関係も今では海の底。
潮風にさらされた恋心はなかなか表には浮かばない。
「いいや、やはり天覧は使わない。アタシのやり方を貫くだけだ」
悩んだ末に「これから奇襲をかけてくる」ことを悟られたうえでの奇襲にメアリは打って出ることにした。
表から見える位置にはガルシアの姿はないし、二階もあるため彼が上下どちらにいるかもメアリにはわからない。
だが建物の詳細を知らない彼女と同様にガルシアも約定書を使ったとはいえどこから攻めてこられるかなど把握できないことの隙を突く。
忍び込んで2階への階段を発見したメアリはこの先にガルシアがいると確信する。
懐かしい海の匂いが微かに漂っていた。
だが──
「敵意が無いのならゆっくり上がってきナ」
匂いで相手に気づいたのはお互い様。
ガルシアに先手取られたメアリは正面から顔を出さざるをえなくなってしまった。
(ボクの知る海の匂いがする女の子……もしやニコルかナミーあたりが参加しているのかナ?)
「上る前に聞いておくよ。アタシがそっちに着いた途端に横から刺しに来たりはしねえよな?」
ガルシアの言葉に返事を出すメアリの声を聞き彼はようやく匂いの主を突き止めた。
ここまで証拠があれば違えることのない懐かしい女の匂い。
潮に紛れた桔梗を彷彿させる彼女の名を呼ぶ。
「その声はまさかキミか? メルルカから消えたキミとここで会えるとは思わなかったヨ、メアリ!!」
「こちとらアンタがここにいると聞いて来ているんだ! さっさとアタシの質問に答えな、バカ!」
「キミが相手なら勿論そんな真似はしナイ。むしろボクの仲間たちは今は動けないから、キミが不用意に手を出す事のほうが気がかりだヨ」
「わかった。嘘だったら許さねえからな」
相手が自分だとわかり殺気を解いたのがメアリにも伝わる。
彼女はガルシアに対しての鬱憤を晴らすためにイクサに挑んだわけだが、自分のことなど関係なくイクサに来た彼は久しぶりに再開した昔の女には無警戒らしい。
あんな別れ方をして恨まれるとは思っていないのか。
メアリの頭にそんな声が響く。
メアリが男を知らない小娘の頃から5年も一緒に冒険していたのだが、ある日を境に彼女を親類の家に押し付けてガルシアは姿を消した。
彼を追って再び海に出た彼女は生き抜くためにあらゆるモノを犠牲にし彼以外の男に抱かれることも茶飯事。
受け取り方によっては自業自得の逆恨みとさえ言える彼女にとって、まるで別れたあの日と同じ態度のガルシアは積年の思いを逆撫でる。
一歩一歩階段を踏み締めていき、とうとうガルシアの姿を見た彼女は感情を爆発させた。
「ほら、この通りサ」
「が……ガルシア!!」
恋い焦がれる感情と恨みの感情で混乱状態のメアリはガルシアに抱きつくと、彼を永遠に自分のモノにすべく背中からナイフを突き立てていた。
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