第12話 戌の女、色男に会う

 3回目の天覧が終わり、約定書越しに観戦していた無情は落胆の表情を浮かべていた。

 その理由は「勿体ない」という彼個人の都合。

 主水のように死にかけなら好都合だがアンダーソンのように完全に死んでしまっては救うことは出来ない。

 無情にはとある方法で収集した知識の源泉があり、そこから虎徹とアンダーソンの因縁を知った彼が二人の衝突を誘導したのは相打ち狙い。

 片方が弱って逃げ出せば、すぐさま救って彼のモノにしてしまう。

 そういう算段だった。


「鉄砲使いのほうが気に入っていたのか? 推しが死んで残念そうだねぇ」


 そんな無情の真意を知らぬまま、隣りにいる女性は彼を煽った。

 彼女は戌の干支を持つ女海賊──メアリ。

 小柄な体格と泳ぎ上手を武器に、敵船へ忍び込んでの破壊工作を得意としている。


「喉を刺された時点で降参していればオレが救えたからな。銃の名手は珍しいから残念だよ。だが……彼は積年の相手と戦って死ねたんだ。その点は祝福すべきだと思うよ」

「くだらない。死は救済だなんてペテン師の口車じゃないか。勝手に死んで勝手に満足するのなんてアタシに言わせれば変態だよ」

「ククク。それについてはオレも同意さ」

「ところでよぉ……そろそろ耳よりな情報ってやつを教えてくれても良くないか? アタシは利があるからアンタつるんでいるだけで、ここでおっ始めたって構わないんだぜ」


 メアリが無情と仲良く並んで天覧の観戦をしていた理由がこの耳よりな情報である。

 当初、約定書を広げて観戦の準備をしていた無情に対して、メアリは奇襲を仕掛けていた。

 それを片手でいなした彼の提案が「耳よりな情報」を伝える代わりに一緒に天覧を見るというものだった。


「焦ることはないじゃないか。イクサは最後の一人になるまで続くんだ。最初から張り切っても早々にバテるだけさ」

「煩いなあ。今やっても後でやっても同じなら、先に片付けたほうが良いに決まっているじゃないか」

「そこまで言うのなら──」


 急かすメアリに対し、一呼吸おいてから無情はソレを伝えた。


「キミがガルシアとかいう男を探していると人伝に聞いた。ソイツも今回のイクサに参戦しているぞ」

「⁉」

「約定書を開くといい。ドラゴンの印があるだろう。それがガルシアさ」

「その話……本当か? そもそも何故アタシがアイツを探している事を知っている?」

「キミの話は以前であったエドという男に聞いたよ。そのうえでドラゴンがガルシアだというのはオレが顔を確かめているから間違いない」

「クハハハ。それが本当ならアイツに一発入れるために参加したアタシの願いが叶っちまうじゃねぇか」

「だからオレは出来るだけ焦らしたかったんだよ。せっかくお近づきになれた海賊メアリが昔の男に走ってしまうからね」

「そりゃ残念だったなムジョウ。自分で言う通り、この情報を聞いたらアンタは用済みだぜ。まあ……アタシにも海賊なりの慈悲がある。アンタもアタシに気があるようだし、お礼に一発シてやろうか?」

「遠慮しておくよ。キミの噂は全部知っているからね」


 噂というのは「メアリを抱いた男は皆死ぬ」というモノ。

 何故死ぬかと言えば勿論──


「下半身だけでモノを考えているバカじゃないか。アンタみたいな好色のツワモノにはよく効く手だってのに」

「カカカッ。オレは記憶力が良いからな。既にキミの事を知っている人間とオレが過去に出会っていたことがキミの不幸だ」

「じゃあ仕方がないか。アタシはもう行くぜ。天覧を仕掛けようとも拒否権を使って行くからな」

「お構いなく。オレはキミが無事に戻ってくることを待つことにするよ」

「そうかい」


 メアリが立ち去るのを見送った無情は、これから起こるであろう海賊二人の激突を心待ちにしながら場所を動く。

 どちらが勝つにせよ、負けた方を救って自分のモノにしたいと考えている無情は邪魔が入らない場所は何処かと考えた結果、「天一」という他の参加者が居ない店に足を運んだ。

 この店で出される料理はドロリとしたスープのラーメンやら、唐揚げ定食といった「過去の人間には奇妙に見るであろう」料理ばかり。

 一見すると着流し姿で江戸時代あたりの人間であろう無情も驚くのかと思えば、足元はブーツなあたり今どきの感覚で麺と定食のセットを当たり前の顔で食す。

 濃厚スープを一口すすったところでそろそろお時間。

 4回目の天覧が始まろうとしていた。

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