卯の少女、守護られる

第10話 申の男、復讐す

 時間を晶を中心とした時点に少し巻き戻す。

 ガルシアと虎徹は気絶した晶を抱えて池田屋に戻ってきた。

 店先には「池田屋」という看板が上がっているのだが、虎徹はそれを見るたびに少し複雑な顔を滲ませている。

 頭ではこの池田屋は自分が知るあの街の池田屋とは異なることなど百も承知。

 それはこの店だけでなく、街そのものが所々を似せた別物というのも理解している。

 だが既知の名を見るとどうしても虎徹は元いた時代の光景が頭に浮かんでしまっていた。


(雑念に囚われている場合ではないか)


 そんな僅かな思いを首を振って振り払った虎徹は屋敷に上がったのだが、そこには先程店を離れる前には見ない顔が一つ。

 紳士服と銃器で身を包んだ青い瞳の紳士。

 虎徹もちらりと顔を見た記憶がある異国人の姿がそこにあった。


「ようやく帰ってきたカ、コンドゥー。この国ではこういう時、『ここで会ったが百年目』と言うんだったナァ!」

「まさかお前まで来ているとは思わなんだぞ安打朝臣」

(この二人は知り合いなのか? それよりもボクも油断していた。拠点を離れた隙に来て待ち伏せされるのなんて、だれでも思いつく戦法だって言うのに、約定書の確認を怠った)

「ガルシアはその子を助けたいんだろう? だったら此処は俺に任せて早く去ね」

「言われずトモ。あの男はコテツにご執心だし、何より野郎の仲間はキミ一人で充分さ」


 この安打朝臣と呼ばれた男は申の干支を持つイギリス人で名前はアンダーソン。

 幕末の日本において、英国から来た商会に所属していたガンマンである。

 彼は後世に名を残したとある組織の幹部を狙って暗殺を企てたことがあり、最終的には失敗して処刑されたハズの人物。

 虎徹はそれを知っているからこそ彼を警戒してガルシアと晶を逃がそうとしていた。


「逃げるのは構わないガ……逃げたふりをして小細工を仕掛ける事は避けさせてもらうゼ。天覧プリーズ! ターゲット、コンドゥー!」


 だが虎徹に固執するアンダーソンは逃げると言いつつも不意打ちを仕掛けられることが懸念らしい。

 早速虎徹を指定した天覧を要請したことで、部外者であるガルシアらは遮幕によって弾かれた。

 要請した場所が中立地帯ということで、遮幕はガルシアと晶を店内に残したまま中の二人を外の通りに連れ出す。

 ガルシアはそのまま離れる前に確認してい店の布団を取り出すと、晶を寝かせて天覧観戦用に約定書を開いた。

 遮幕の内側ではアンダーソンからの天覧を虎徹が受け入れたようで早くもカウントダウンが終わるところ。

 いったい二人はどのような関係なのか。

 ガルシアは少しだけ気になるのだが対峙する二人は語らない。


(まさか生きていたとは。ということは、英国側で沙汰をつけるというのはこいつを匿うための嘘か。だが今はそんなことなどどうでも良い。あの時とちがって開けた道で対面した状態での一騎打ちでは俺の分が悪いってことだけが目の前の事実。ヤツの鉄砲はそれだけ危険だ)

(カウントダウンが終わると同時に狙い撃ってヤるゼ。3……2……1……ファイア!)


 カウント0に合わせてアンダーソンは構えていたライフルの引き金を絞った。

 天の声をかき消す発砲音と共に音を置き去りにしたライフル弾のきらめき。

 下段構えで右前に飛び出た虎徹の羽織をかすめたそれは布を切り裂いて、少しでも避けるタイミングがズレていたら直撃していたのを物語った。

 避けると同時に間合いを一歩詰めたことで、あと一歩で虎徹はアンダーソンの懐に入る。

 そのまま飛び込んで脇の下を斬りつければ虎徹の勝ちだが、虎徹への強い恨みを表すかのような銃器の衣がそれを阻んだ。

 初撃をかわされることも想定していたアンダーソンの纏う、両肩、両脇、両腰に一丁ずつと後腰に二丁の合計八丁の拳銃は全て撃鉄が起こされている。

 アンダーソンは右肩の拳銃をガンホルダーから引き抜くと、横薙ぎの動きで銃弾を放つ。

 虎徹にとっては二度目となるアンダーソンの異形な銃さばき。

 かわしつつすれ違いざまに脇下を斬りつけるも、左脇のホルスターの位置を右手で動かされたことで一閃は阻まれ、衝撃で暴発した弾丸が虎徹の袴をかすめる。

 下手すればその弾丸は自分に当たっていても不思議ではないわけだがアンダーソンは動じない。

 次は右手で後腰の銃を引き抜くと背後に回り込んだ虎徹に対して勘だよりに発砲し、銃弾は虎徹の額を掠めて皮膚を裂いた。

 傷は浅いが流れる血で右眼を塞がれる虎徹。

 アンダーソンは振り向きながら左右の腰の銃を抜くと双方の引き金を腰だめに構えながら弾いた。

 発砲後は左手の銃を腰のホルスターに戻して空いた左手で右手の銃の撃鉄を起こす。

 一連の交差で矢継ぎ早にここまでの追撃をしたアンダーソンは攻撃の成果に口角が釣り上がった。

 虎徹は額の傷もさるものながら、最後の一発が腹にあたったのか、血に塗れた右手で腹を押さえている。

 これでは機敏な動きなどもう出来ないだろう。

 アンダーソンの銃は初撃を放ってから装弾せずに投げ捨てられたライフルが一丁。

 同様に撃鉄を起こさずに投げ捨てられた拳銃が右肩と右後腰から抜いた二丁。

 ホルスターに収まっている五丁の拳銃は発砲済が右腰、左脇の二丁に、撃鉄を起こしたまま未使用が左肩、右脇、左後腰の三丁。

 そして連射(ファニング)の構えを取って虎徹を狙い済ましているのが最後の一丁。

 積年の恨みを晴らすのが目前ということで、アンダーソンは歓喜の笑顔である。


「王手(チェック・メイト)ダ」

(半端に英吉利の言葉を混ぜるから所々意味がわからんが、勝ったつもりで舌舐めずりなのは解るぜ)

「その傷じゃあ、次の弾は避けられマイ。今回は盾になる手下も居ないんだからナァ」

「それはお前も一緒だろうに。商会の連中が『英吉利で罪人として裁く』という方便で連れ帰らなかったら、あの日死んでたヤツが言っても恥ずかしいだけだぜ」

「黙れ。ワタシはアレから苦渋の日々を過ごしてきたのだぞ。いくら雑魚を仕留めても猿のリーダーを仕留められないヒットマンには価値がないと、アレから今日まで虐げられ続けたんだヨ、ワタシはナァ!」

「だから俺の首を狙ってイクサの話に乗ったわけか」

「モチロンだ。キサマら全員を呪い殺すのがワタシの望みだったが、ここでキサマをヤれるというのなら好都合ダ。出来れば自分の手で始末をつけたかったからナ」

「ふ……くだらねぇ」

「何がオカシイ?」

「俺らを呪い殺すだ? わざわざそんなことをする必要があるんなら、俺はイクサになんて来ていないぜ」

「そうかも知れんが……ワタシにはキミらが苦境にあることなど関係ないネ。ミズカラの手で潰してトラウマを払拭することがワタシの目的なのダカラ」

「だったら殺すのは俺だけにしておけ。どうせお前は最後まで勝ち残れないんだからよ」

「フーム……さてはさっきの二人のどちらかに入れ込んで入るようだな。あの小娘のほうか? 親子ほども離れたメスザルに発情するとは下品なボスザルだゼ」


 勝ち誇った顔のアンダーソンは虎徹に向けて自分の恨みを吐露する。

 彼がかつて暗殺を試みた組織のリーダーとは虎徹のこと。

 以前は部下が命をかけて虎徹の盾になったことで敗北したアンダーソンは捕縛されたのだが、その時でも10人以上の死傷者が出ている。

 それが今回は味方など居ない上に早くも手負い。

 彼の態度も当然であろう。

 そんな油断が滲むアンダーソンとは対象的に、深手を負っていようとも虎徹は勝負を諦めていない。

 だから彼は疑問を投げかけた。


「ところでだ……俺の干支が寅だってのは誰に聞いた? 俺らが離れて先客がいなくなったから来るのは当然の判断かもしれないが、俺が戻ってくるのを知ったうえで待っていたとしか思えなかったぜ」

「ソレは死ぬ前の最後の望みカ?」

「そう受け取ってもらっても結構」

「だったら教えてやろうじゃないカ。イノシシの男が教えてくれたヨ」

「イノシシ? 俺はそんなヤツに憶えがないな」

「ワタシだってそうサ。だがヤツは一方的に何でも知っていると自慢していたヨ。元々このキョウトとかいう場所は様々な時代から望みを求めてイクサに挑むモノを集めているワケだが……超常的領域(オカルティック・ゾーン)が霞む妖術師(オカルト・マスター)がイノシシの男という話だヨ」

「くわばらくわばら。だが俺の負け惜しみも当たっていたと言うことだな。例え俺をここで殺しても、お前じゃその男には勝てやしない。勝てるくらいならとっくに殺して、右手の干支を増やしているハズだからな」

「だ、黙らんカ!」


 虎徹の挑発に発泡した一発は虎徹の肩をかすめた。

 アンダーソンは逆上しているのか撃鉄は起こしていないが、いつでも連射できるように左手は撃鉄に添えられている。

 挑発しつつも虎徹はアンダーソンの力量を評価しており、だからこそ滲んだ挑発の影響を見逃していなかった。

 満身創痍は相変わらず。

 だがこれで勝機は見えた。


(コレを外したら俺の負け。ここで死んでも皆は甲州であのまま死んだと思うだけだろうな)

「キル……ユッ!」


 逆上しているアンダーソンは左手で撃鉄を起こし、そのまま虎徹の胸を撃たんとする。

 先程の発砲がなければ必要のない余計な仕草。

 その隙を虎徹は狙い澄ました。

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