第7話 卯の少女、救われる

 梅香に続き主水にも速攻で勝負をつけた卯──晶は、最後の一人に与えられる報酬が目当てな人間には警戒して然るべき存在であろう。

 その中でも勝ちが決まってからスマホを操作して約定書を確認していた梅香のときとは異なり、今度は理由も不明なまま相手にトドメをささない晶の様子から違和感を持ったのは二人だった。

 一人は狡猾に勝ち残りを狙う女性騎士ジャンヌ。

 そしてもう一人は晶に個人的な興味を抱いていたガルシア。

 二人とも何らかの理由で晶の身体に異変が起きていると感じており、特にジャンヌはこの好機にライバルを始末しようと必死である。


(丁度いい)


 ジャンヌが戦いの舞台となった水場に到着すると、おあつらえ向きに遮幕が消えて晶の姿が露になった。

 膝をついて力なく座っている彼女に意識があるのか遠目では判断付かないが、少なくとも疲弊しているのは見受けられる。


「パッソー、デューオ!」


 ジャンヌが腰から抜いたのは針金と見間違う程に細い刀身のレイピア。

 それを指揮棒のように振るいながら唱えた祝詞に反応し、彼女の肩の上には2門の砲が出現していた。


「フィア!」


 更には晶をレイピアの先で指し示して狙いを定めたジャンヌがそれを縦に振りながら唱えた祝詞に連動して砲から細い光が放たれた。

 当たれば充分な殺傷力のあるそれが目の前に迫るが晶は動けない。

 だが──


「俺の好みはアッチの姉ちゃんだが異人さんにゃあ見飽きてるんか?」


 先程まで酒を酌み交わしていた相手の行動に対して虎徹がボヤく余裕がある通り、彼をここまで引っ張り出して駆けつけたガルシアがそれを防いだ。


「このキョウトには様々な時代から人が集まると聞いてはいたが、未来の錬金術はそんなことまでできるのかい?」


 晶の前に立って壁になったガルシアは石綿を縫い込んだマントをかざしてジャンヌの攻撃を弾く。

 彼女の砲はガルシアが飛び道具に対してのとりあえずとして試した通りに頑丈な耐熱素材で遮るのが最も効果的な防ぎ方であり、初見で正解を見せるガルシアをみて不思議な力を操る姫騎士は目の前にいる汗臭い男に対しての警戒を強めた。


「無視されると悲しいネ。サバイバルだからって神経質にならずに、ちょっとくらいはボクとお話しても良いじゃないカ。この子も交えて皆でサ」


 口説きにかかるガルシアにジャンヌは言葉を返さない。

 敵同士なのに馴れ合う気がないとツンケンとした態度であろう。


「そんなにその女が気になるんなら、天覧を挑んだらどうだ? それならば思う存分、二人きりになれるだろうに」

(もう一人居たのか)

「ソレじゃあこの子をキミに取られてしまうじゃないカ。ボクはまだ子兎(コネホ)にも、こっちの女戦士(コメンダドラ)にも退場してほしくないんだヨ」

「さっきはただの童女趣味かと思ったが……どっちも欲しいとは、コイツはとんだ助平野郎だぜ」

「スケベエか……そうやって女を下半身でしか判断しないのは良くないゼ、コテツ」

「何だと⁉」

(私のことを無視して何をやっているんだコイツらは。だが2人まとめてと言うのは分が悪いな。ここは一旦引いたほうが得策か?)

「パッソー、アノー!」

「「!!!」」


 冷ややかな態度だったジャンヌだが、駆けつけた虎徹の助平発言から口喧嘩をする二人を見て、この機会に逃げることを考えた。

 アノーという祝詞で出現したのは彼らの頭上を囲う10の砲身。

 ジャンヌが同時に出せる砲の最大数が円環を作っていた。

 これで倒せれば儲けものだが今回の目的はあくまで目眩まし。

 狙いは適当に派手さを重視した10門同時フィアが男二人に襲いかかるも、腕っこきな彼らはそれを見逃すほど抜けてはいない。

 ガルシアはすぐさまマントを投げて晶のことを最優先で護り、残りは酒瓶を射線において軌道をそらす。

 ジャンヌの砲は熱光線としての性質上、層の暑い液体を真っ直ぐに貫通することが難しい。

 散らばった熱戦が他の砲門から放たれた攻撃を散らして、ガルシアが受けた傷は掠った程度に留まった。

 虎徹も巻き添えに近いわけだが、厚手の羽織をすぐさま脱いで熱戦を叩いて防いでいる。

 目眩ましのための攻撃なので仕方がないが、やはりなのかジャンヌの一斉掃射はこの二人には通用しなかった。

 ジャンヌとしては身を隠すことが出来たので一先ず成功である。


「逃げちまったじゃないか。残念だったな色男」

「別に構わないサ。それよりもこの子の介抱が先だヨ。どうやら井戸に毒が仕込まれていたようだネ。店に戻って薬を飲ませないと」

「さっきのお姉ちゃんは放っておく気か? 約定書を使えば追えるだろうに」

「別に構わないサ。ボクら二人を同期に相手をして、真っ先に逃げるくらいには賢い子だヨ。心配いらないって」

「そうかい。まあ、一旦さっきの店に戻るのは賛成だ。しかし……このお嬢ちゃんがヤラれたのは井戸水じゃなくて柄杓に仕込まれた毒だな。解毒しにくいがしばらく休めば治るヤツだ。心配だったら俺の常備薬を少し飲ませてやればいい。好きだろう? 口移し」

「そんな失礼なことは出来ないサ。まったく……ボクのことをどう思っているんだ、コテツは」

「助平な異人さんだろう」

「はぁ……まあいいサ。とりあえず戻ろうゼ」


 このガルシアは虎徹が茶化すように女好きの助平なのだが、そのくせ無理矢理に手籠めにするのは大嫌いな紳士である。

 彼は16世紀中頃──当時の日本はいわゆる戦国だった時代からきた海賊であり、女相手の略奪は御法度としていた彼の船は仲間内でも変わり者で通っていた。

 無論、荒くれ者の頭領として、手下にそれらの行為を禁じることが出来たのは、彼の戦闘能力とカリスマが為せること。

 虎徹が意見を食い違わせながらも彼との共闘関係を崩さないのは、同じく組織の頭目同士として通じるものがあるようだ。

 二人が痺れ薬の毒素がピークを迎えて気絶している晶を連れ込んだのは、井戸からは北に2つ西に5つほど離れた一軒の料理屋。

 彼らの口ぶりの通り、先程まで晶の天覧を肴に二人が飲み食いをしていた場所であり、井戸と同様にイクサを主催する天が設けた飲み食い無制限の店だった。

 古めかしい外見とは真逆にメニュー表を触って注文したいものを選べば自動で運ばれてくるハイテクな無人料理屋。

 奇しくも虎徹とは縁がある「池田屋」という看板が掲げられた店の一室に、二人は晶を連れ込んで休ませた。

 彼女が目覚めるまで見守るむさ苦しい男たち。

 目覚めた晶は間違いなく悲鳴をあげるであろう。

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