第5話 残り1秒

 回答期限まで5秒を切ったことで天が告げるカウントダウン。

 応答を急かすためのその合図を主水は攻撃に利用していた。

 天覧が成立してから開始されるまでの猶予時間中の参加者は遮幕に守られるのだが、応答時間中はそうではない。

 これは応答時間を使って一時的に詰んだ状態から逃げられないようにするためで約定書のルールを読み解けば誰でも理解できる。

 だがこれから決闘をすると申し込んだ手前で開始時間前に不意打ちをするなど普通は思いついてもやらない。

 何よりこの手のインチキが通用するのなど最初の一人くらいである。

 だが誰もやっていないからこそ主水は進んでこの手段を選ぶ。

 既に痺れ薬で右腕が使い物にならない以上は片腕では反応が遅れるだろう。

 いくら既に構えているとはいえ時間前では意識しているのは天の声であり俺の動きではないはずだ。

 だったらこの攻撃は通用する。

 主水はそう思っていた。


「2……1……」


 そして残り1秒。

 1の「い」の発音が聞こえた瞬間に主水は飛び込んだ。

 元より一挙手の間合いに準備していたので踏みこみ刃を振り下ろすのには余裕を持って間に合う。

 渾身の一の太刀とトドメの二の太刀を耐え間なく繰り出して丁度1秒。

 時間きっかりの不意打ちに主水は早くも勝ったつもりであろう。


「いーち!」

(右腕が重いけれど防がないと)


 万全であれば自慢の愛刀が持つ頑丈さに任せて刀を振り上げて防ぐところなのだが今の彼女は右腕が痺れている。

 後ろに引いてもこれだけ大きく構えての振り下ろしでは間合いを伸ばすことも出来るだろう。

 残る手段は受け流すことだが並の刀より頑丈なぶん重量のある「木精刀」が間に合うか。

 やれるかどうかではなくやるしかない状況に晶の身体は先んじて動いていた。


(流された⁉ だがコレは防げまい)


 ギリギリで間に合った晶の刀に流された主水の真っ向斬りは彼女の身体の脇にそれた。

 だが残り1秒を切った中で予定されていた二の太刀──胴体を狙う突きは、手元を引いて狙いを微調整こそしたが引き続き晶に襲いかかる。

 刀をへし折る勢いでの一撃は防御が間に合おうとも刃を当ててダメージを通し、二の太刀に繋げるためのモノ。

 つまり牽制であり本命はこの突きの方だ。

 実践で鍛えた柔軟な動きが肘を折りたたんで間合いを合わせるとともにバネのような反発力を産んで突きの貫通力を増す。

 捻り穿つ必殺の一撃を前にして晶は左腕をめいいっぱいに下ろして突きの軌道を辛うじて逸した。

 先程の一の太刀を受ける際には不利に働いた愛刀の重みが今度は振り下ろした刀の重みを増やして有利に働く。

 これが右腕が使えない小僧の膂力かと主水が驚いた瞬間、応答時間のカウントは0を告げて二人の間は遮幕によって引き離された。

 それからお見合いの姿勢のまま10秒待って告げられた天覧開始の合図。

 ガルシアはじめとした約定書を通して中継を見ている面々が二人の姿を確認したのはここからであり、主水の卑怯な手を知っているのは当事者二人だけとなった。

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