第4話 卯の少女、酉に狙われる

 天覧が終わり遮幕から開放された晶はスマホを片手に探索をすることにした。

 他の参加者を皆殺しにしてイクサに勝ち残る以外に家に帰る方法があるかを探すのは勿論のこと、街一つを使った総勢12人の戦いとなれば決着まで何日かかるだろうか。

 食事や休息のための安全地帯を確保することが急務であると晶は理解していた。

 約定書アプリに表示した地図を見れば、他の参加者の位置を示す十二支のアイコンの他に、オプションの切り替えで井戸やおにぎり、布団などのアイコンを表示することが出来た。

 これらが参加者が物資を補給するための場所を表しているのだろうと晶は井戸のアイコンを目指して歩を進めるわけだが、目的地に先回りするように鳥のアイコンが地図上の道を塞ぐ。

 回り道をしようにもそれに合わせて鳥のアイコンは移動しており、晶に狙いをつけているのはあからさまであろう。


(小僧ォ……早く来るがいい。俺は梅香のように油断はしないぞ)


 晶の到着を井戸のアイコンが示す水場への道を塞いで待ち構える主水は腰に大小の刀と十手を挿す江戸時代の役人風で、実際に彼は表の顔としては奉行所に務める同心である。

 裏の顔は金で殺しを請け負う刺客であり、按摩の梅香とは同じ元締の元で殺しをしていた同業者だった。

 主水は特定の師匠を持たない我流剣術の使い手なのだが、彼の時代における江戸の剣豪、秋山殿の門下生に勝利した経験から腕前には自身がある。

 約定書を通して晶の太刀筋を見ていた彼は彼女の居合の鋭さを認めたうえで、最初の一撃さえ防げれば勝てると踏む。


(あの居合の速さはには驚かされたがしょせんは小僧の細腕か。小さな箱が太刀筋を遮っただけで梅香を斬り殺せなんだ。ならば柱を利用して向かい合えばあの居合は出せまい。まあこんな小細工に乗るとは思わんが……細工は流々よ)


 道を塞ぐように主水が動いていたのは、水場へと向かう路地に面している建物の柱を利用するため。

 執拗に位置を変える様子に焦れて遠巻きに様子を伺える距離まで近づいた晶の眼には、約定書を広げて自分の位置を確認しつつ、軒下の柱を挟むようにしている主水の姿だった。


(他に誰もいないし、あれが鳥アイコンの人なんだろうけれど……あからさまにあたしを誘っているよね?)


 自分から視認できるということは、視力が同等なら相手からもということ。

 主水の目線はギラギラと晶に向けられており、殺気立っているのが肌で感じ取れるほどだ。

 先程戦った盲目の男以上に死ぬまで決着がつかない雰囲気。

 ここから帰るためには負けられないが、いくら相手が自分を殺そうとしていても自分から相手を殺すのはやはり後味が悪い。

 ここで「殺されるかもしれない」という恐怖に臆している訳では無いのが、化け物退治の影響で身に沁みている自分の実力への自信と胆力によるものだろう。

 向こうから攻めてくるのを警戒し、少し引き返してから別の井戸アイコンを検索した晶なのだが、既に別の参加者が場所を確保しているのか誰かしらとは遭遇しそうだ。

 目下の相手がほぼ間違いなく敵である以上、晶が取れる選択肢としては「逃げる」か「鳥の男に戦いを挑む」か。

 別の参加者がいる場所を目指した場合、その人物が協力者になってくれれば幸いだが、追ってきた鳥の男の側について挟み撃ちになったら最悪だ。

 ならば今回はこちらから天覧を仕掛けてみるのも一考か。

 目についた相手を根こそぎ叩き斬る悪鬼に堕ちてしまったようで気分が良くないが、残る9人も前者2人と同じく好戦的ならばやむ無し。


(こうなったら相手から天覧を仕掛けられることを想定してあの男に近づこう。もしかしたらあたしの思い過ごしかもしれないし)


 踵を返した晶は水場を目指して堂々と道の真ん中を歩み始めた。

 井戸アイコンが示す場所はもう目視出来るので、スマホは懐に入れて梅香との戦いと同じ轍は踏まない。

 後は向こうから挑んでくれば応じるし、挑んでこないのなら今のところは無視。

 こういうときは半端な態度ではなく大きく見せたほうが相手も竦んで無駄な争いは避けられよう。


(兵法が通じたのかしら?)


 警戒して気を張ったまま横を通り過ぎる晶を主水は柱越しに眺めるだけだった。

 アイコンが示していた井戸には水を汲み上げるための滑車で吊るされた桶とコップ代わりと思われる柄杓が一つ。

 主水に背中を見せないように注意しつつ試しに汲み上げてみると、桶の底の木目すら見えるほどに澄み切った清らかな水が桶を満たしていた。


(美味しそう)


 目の前の水を求めて晶の喉は乾きを訴えた。

 桶から浴びたいほどに汗をかいているわけでもないので柄杓を手に持つ。

 先にあの男が使ったのか柄が湿っており、一杯目は柄を洗うために柄杓を傾けたわけだが、ここで晶の手に違和感が走った。

 見るからに冷たそうな水が右手にかかったのに冷たさを感じない。

 指先の感覚が酷く鈍い。


「かかったな小僧。それでは……天覧、願います!」


 晶の眉が歪んだのを確認したのだろう。

 柄杓に罠を仕掛けた主水は待ってましたとばかりに晶に向かって天覧を申し込んだ。

 今の晶は梅香と天覧をした後ということもあり、スマホを操作すれば2回までは相手からの申し出を拒否できる。

 これは晶もルールを確認した際に把握している内容だが、今の彼女は右手が痺れてスマホの操作がおぼつかない。

 回答猶予時間までに拒否の操作が出来るかどうかだが、それ以上に罠を仕掛けてくるような相手が片腕を弱らせられた状態でスマホを操作している隙など見逃さないだろう。

 幸い感覚は鈍いが刀を握るだけの力は入る。

 こうなったら迎え撃つしかないと晶は引き抜いた刃を下段に構えた。


「よしよし。男だったら流石にこの状況で拒否はねえよな」


 晶の構えを見て舌舐めずりをする主水は早くも勝利した気である。

 悪友梅香を倒した居合は既に刀を抜いているので出しようがない。

 それどころかだらりとした下段の構えからは柄杓に塗った痺れ薬で右手が不充分なのが見て取れる。

 あの状態から腕を振り上げても渾身を込めた一撃を防げようものか。

 主水は大上段に構えて天覧の開始を待つ。


(さっきはスマホで手が塞がって今度は痺れ薬……ただでさえいきなり知らない男たちとの殺し合いだなんて嫌な状況に追い込まれているっていうのに、立て続けでトラブルとはツイていないわ。だけどこうなったらこっちも手加減なんて出来ないか。化け物と戦うつもりでやらないと、こっちが殺されちゃうし)


 晶のスマホは着物の胸元に有り約定書への回答はなし。

 30秒の回答期限を超えて受理された天覧の開始は通常の許諾応答時よりも短い10秒。

 つまりあと15秒ほどで2回目の天覧は開始となる。

 各々の約定書に届いた情報から天覧の開催をチェックするマメな者なら立て続けに晶が天覧を挑まれていることに気がついている。

 晶のことを「複数の参加者から狙われる最弱候補」と見るか、それとも「複数の参加者と早くも戦う手が早いバトルジャンキー」と見るかは人それぞれ。

 とりあえず虎徹との酒の肴代わりにしているガルシアは晶に対して強い興味を抱いたようでニヤリとした目で天覧の中継に釘付けのようだ。

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