後輩

 緩やかに揺れる心地良い感覚に身を任せながら、無造作に建ち並ぶビル達へ視線を走らせる。

 そんな俺の隣に座っているシロは感激したように声を漏らした。


「凄いですねぇ……建物……」

「昔住んでた所とは大違いだろ……?」

「はい……でも私は田舎の方が好きですね……」

「あぁ……分かるよ……長期休みに入ったら一緒に帰ろうか……」

「えぇ……是非……」


 そんな会話を交わす俺達の後ろでタマと奈月は眠り惚けている。

 背後から聞こえる2人の安らかな寝息は確実に眠気を誘ってくる。


「あ、あの……」

「ん……?」

「寝てもいいですか……?」

「あぁ……着いたら起こすからゆっくり寝なよ……」

「ありがとうございます……」


 シロは座席に体を深く預けて目を閉じる。

 だが、慣れない環境の中ではどうしても寝られないらしい。


「うぅ……」

「やっぱり寝れないか……?」

「そ、そうですね……すいません……」

「じゃあ……こうしてみるか……」


 俺はシロの小さな肩へ腕を回して優しく抱き寄せた。

 車体の揺れはどうにも出来ないが、騒音を防いで安心感を与えることは出来る。


「どうだ……?」

「えっ……えっと……その……」


 俺の腕の中で視線を伏せて顔を赤く染めているシロ。

 恐らく照れているのだろう。とても可愛らしい。


「お、落ち着き……ます……」

「それは良かった……お休み……」

「は、はい……」


 猫だった時のように接するのは、やはり良くないのだろうか。

 今度、シロ達に聞いてみよう。


「次は~鳴山めいざん~鳴山~」

「着いたか……」


 徐々に速度を落としつつあるバス。

 俺は腕の中に居るシロと後ろで眠っている2人を揺すり起こす。


「着いたぞ……」

「はいぃ……」

「さぁ……食うぞぉ……」

「楽しみぃ……」


 俺は未だ夢の中に居る3人と共にバスを降りた。

 商店街へと続く人波の流れに身を任せて歩みを進める。

 

「いやぁ……寝た寝た……」

「コロッケ食べたぁい!」

「あぁ……買いに行こう……」


 目的の店へと向かう道中で時計に目をやる。

 正午。もう昼時だ。


「あ、良いにお~い……」

「美味しそうですねぇ……」


 店前の看板にはコロッケの写真と大きな文字でと書かれている。

 幸いそこまで人は並んでいない。きっとすぐに買えるだろう。


「すいませ~ん……」


 ほんの少しの待ち時間の後、店の中で作業をしている店員へ声を掛ける。

 後ろ姿しか分からないが、俺よりも若そうだ。

 

「はいよぉ!」


 活力溢れる元気な声と共に店員が振り返った。

 そして、小綺麗なカウンターを挟んで顔を突き合わせる。


 この店員、どこかで見たことがあるような気がする。

 この鋭い目付きの顔は確かに見覚えがある。


「コロッケ4つください……」

「あい! 分かりやしたぁ!」


 沸き立った油の中へ衣を纏った肉塊が放り込まれる。

 作っている所を見せてくれるなんて、とんでもないサービスだ。


「美味しそうだねぇ! マモルゥ!」

「あぁ……」


 揚がったコロッケが1つずつ丁寧に袋へ詰められていく。

 俺はそれを眺めながら、薄れた記憶を振り返っていた。


「あのぉ……お客さん……」

「はい……?」

安谷あんや高校出身ですよね……?」

「え、そうですけど……」


 安谷高校。地元で最も物騒な高校の名だ。

 そして、俺の母校でもある。


「オレ覚えてないっすか……!?」

「すぅ……」

堂慈どうじっす! 白山しろやま堂慈!」

「あっ……あぁっ……!!」


 喉に引っ掛かっていた小骨が取れた気分だ。

 白山堂慈。俺とよくつるんでいた後輩だ。


「お前……変わってないなぁ……!」

「マキ先輩は変わりましたねぇ……!」

「知り合いなのぉ……?」

「あ、あぁ……高校時代の後輩なんだ……」

「今から休憩なんでゆっくり話しましょうや!」


 明るく微笑む堂慈。

 コイツの笑顔は昔から変わっていない。

 あの頃のままだ。

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