お出掛け

「準備出来たか〜?」

「あ、はい……!」

「待ってぇ!」

「ゆっくりで大丈夫だぞぉ……」


 今日は5日間の労働を耐え抜いた者に与えられる休暇の1日目。

 つまり土曜日である。


 扉1枚隔てた向こうではタマとシロがお出掛けの支度をしている。

 2人とも楽しみにしてくれていたようで良かった。


「出来たぁ!」

「お待たせしました……!」


 年頃の少女らしい格好をした2人が玄関へ駆け寄ってくる。

 Tシャツとジーパンの簡素な服装をしている俺とは大違いだ。

 やはり奈月に服選びを頼んで正解だった。

 

「あぁ……行こうか……」

「行きましょう……!」

「楽しみぃ!」

 

 ここまで楽しみにしてくれている2人をガッカリさせるわけにはいかない。

 せっかくだから近くの商店街へ行ってみよう。あそこなら危険も少ないはずだ。


「ナツキは来ないのぉ?」

「大丈夫……これから迎えに行くから……」

「やったぁ!」


 住宅街の路地を歩きながらそんな会話を交わす。

 休日に入る前に奈月を誘っておいて正解だった。


「確かあの家だったかな……」

「一軒家なんですねぇ……」

「親と暮らしてるからなぁ……」


 橙色の屋根が特徴の一軒家の前で歩みを止める。

 そして、どこかへ行こうとしているタマを静止しながら玄関のインターホンを押す。


「ちょっと待ってようか……」

「あっち行きたいぃ!」

「今は我慢してくれ……」

「支度中なんですかね……」

「どうだろうねぇ……」


 約束の時間通りに来たはずだが、一向に出てくる気配がしない。

 我慢が効かなくなったタマが暴走する前に出てきて欲しい。


「お〜っす……おはよ〜……」


 10分後、カジュアルな服装に身を包んだ奈月が黒いバッグを提げて玄関から姿を見せた。

 奈月は片手を上げてフレンドリーな笑顔を振り撒きながら、こちらへ近付いてくる。

 

「ナツキィ!」

「よーしよしよしよし……」

「むふふふふふぅ……」


 奈月は素早い動きでタマの頭を擦りまくっている。

 タマはこの上なく幸せそうだ。

 

「おはよう……」

「おはようございます……」

「シロちゃんも元気そうだねぇ……」

「まぁ……はい……」


 人見知りなシロは俺の後ろに隠れたまま奈月と短い会話を交わした。

 シロに微笑みを投げ掛けた奈月は俺の方へ視線を送ってくる。


「商店街行くんだっけぇ……?」

「あぁ……」

「コロッケ食べたいなぁ……奢りでぇ……」


 ニヤリと口角を吊り上げた奈月は商店街名物のコロッケを強請ってきた。

 今の奈月には借りがある。今回は奢らなければならないだろう。


「分かったよ……」

「私も食べたぁい!」

「わ、私も……」

「あぁ……皆で食べよう……」


 奈月と合流した俺達は商店街へ向かう為に近くのバス停へと足を運んだ。

 その間もタマとシロは周囲の物珍しい景色を見渡していた。


「もう少しでバス来るねぇ……」

「バスって何〜?」

「行きたい所に連れて行ってくれる乗り物だ……」

「へ〜! 凄いねぇ!」

「静かにしてないと怒られるから静かにしてるんだぞ……」

「分かったぁ!」

「よし……良い子だ……」


 今日は貴重な2連休の初日だ。

 皆が楽しんでくれるよう最善を尽くそう。

 

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