神様のシステム
瀬戸 夢
プロローグ
想いと願い
――カチッ、――コチッ、――カチッ、――コチッ、――カチッ、――
規則的に刻まれる、秒針の無機質な音が病室に響く。
八畳ほどの部屋には窓が一つ。左奥には、大小様々な機械が白い清潔なベッドを監視するかのように並べられている。
そのベッドには随分と前から一人の患者が寝かせられていた。
青白い肌、目はくぼみ頬は痩け、髪は介護し易いように坊主に切り揃えられている。かつてのしなやかな体躯は失われ、浮き出た骨に残っているのは皮膚だけ。
もう何年経っただろう……、そして、この先あと何年こうして過ごすのだろう……。
動くことも、話すことも、見ることも、嗅ぐこともできない。唯一残った音の世界で、それは永遠とも思える
あの時、車が突っ込んでこなければこんなことには。いや、それよりも……。
その患者はずっと後悔していた。
◇◇◇◇
いつもと異なる時間にガチャっと病室のドアが開かれた。四人の人間が入ってくる足音が聴こえる。もう何年も音だけの世界で生きてきたので、その足音だけで人数はもちろん、大人や子供の区別もつくようになっていた。
きっと家族だろう。
こうして年に何回か家族が見舞いに来ることがある。最初のうちは友人も訪ねてきてくれたが、もう何年も経った今では、家族と病院関係者以外がこの病室を訪れることはない。
四人はベッドの脇で止まった。
「ごめんよ。もうこれ以上は……」
シクシクと泣く声が病室に響く。
「では、始めます」
その声で泣き声は更に大きくなった。
カチッ、カチッ、と何かのスイッチを操作する音が聴こえる。自分をこの世に留めている機械の電源が切られていることを察した。
どうやら自分は家族の手によって人生を終わらせられるようだ。
もう長いことこうしているので、自分が家族の大きな負担になっていることは分かっている。なので、家族の決断は仕方がないことだと理解していたし、むしろこの無限地獄を終わらせてくれることに感謝すらしていた。
少しずつ意識が薄れ段々と泣き声が遠ざかっていく。見えず感じもしないが、まるで真っ暗な冷たい水の中に、どっぷりと少しずつ沈んでいっているような感覚だった。
――あぁ、これで最後。自分は死ぬ。
妙に落ち着いているのは、長年死んだような生活をしていたせいなのかもしれない。何かを悟った仙人のようだと自嘲する。
最後は穏やかに、そして静かに逝こう……。
これでやっと開放される。表情には出せないが、その患者は心の中で微笑みを浮かべていた。
サーッと世界に自分という存在が溶けようとしていた時だった。魂の奥底から熱い感情がドクンっと鼓動し、殻を破るようにそれは溢れ出した。
――いやだぁ!
いやだ! いやだ! いやだ!
まだ死にたくない! まだ死にたくないよぉ!
こんなかたちで終わりなんてイヤだ!!
あの事故の晩に、いや、あの楽しかった頃に戻りたい!
戻ってあの人に……。
それはずっとずっとずっと思い続けてきた想い、何度も何度も何度も叫び続けてきた願い。
霧散する魂が完全に消えてなくなる寸前、ちっぽけな一人の想いと願いが、人も物も場所も時間も全てを飲み込んでいった――
生きとし生けるものは誰一人、気付くことなく。
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