金属バットお嬢様とそのメイド、それから怪物たち

 お嬢様は天高く飛び上がるとその勢いのまま黒犬の脳天へと金属バットを叩きつけた。

 黒犬――形だけとらえれば確かにそういうことになる。けれども大きさがおかしい、小型トラックほどある。その爪と牙とは数十に及ぶ人を切り裂き食らい、赤く濡れていた。


 私とお嬢様が初めて出会ったのは彼女が5才の時だ。その時からメイドとして仕えている。もう10年の付きあいになる。もともと彼女はほとんど表情を変化させない少女だった。

 おそらく今にして思えば感情を押し殺して生きていたのだろう。先天的なものなのか後天的なものなのか、世界は彼女にとってひどく生きづらい場所だった。

 そこに怪物が現れた。


 怪物を定義することは難しい。

 巨大化、凶暴化した動物や植物の形をとることもあれば、機械が意志を持ったようなものやまったく空想から生まれてきたようなものもあって、一概にこうであるとは言いきれない。


 打撃によって黒犬の頭蓋がめきょりとへこんだのが遠目にわかる。圧迫されて目玉が飛び出る。生物である以上、頭部に打撃を受けて影響なしではいられない。怯む。動きが止まる。

 終わった。あとはただ一方的な虐殺が繰り広げられるだけだ。

 お嬢様は黒犬の背中に立ったままその頭頂部へと殴打を繰り返す。金属バットを振り下ろす。一切のためらいはない。ただひたすらに全力で。一撃一撃を味わい、楽しむように。


 共通した特徴をあげるとすれば3つある。

 まず交渉が不可であること。今まで人間との間で意思疎通に成功した例はない。

 それから人間に敵意を持っていること。手当たり次第に近くのものを破壊する性質を備えるものもいるが、それでも人間がいれば人間を優先的に殺戮しようとする。

 最後に過度の暴力によって殺害されうること。その排除に特別な手段は必要なく、十分な暴力を与えれば活動停止に追い込むことは可能である。


 ロングスカートが緩やかに広がる。血潮が舞い上がる。剥がれた肉片があたりに飛び散る。返り血がお嬢様の姿を赤く染め上げていく。

 それでもなお追撃の手を緩めることはない。どころかより苛烈に金属バットは獣の肉体を叩き潰していく。もうそれは苦悶の声すら漏らさない。

 お嬢様は笑っていた。全身を震わせ笑っていた。これ以上に楽しいことなんて世界にひとつもないとでも言うかのように。


 なぜ、どこから、どうやって彼らが生まれたのか? わからない。

 共通した原因があるのかもしれないし、個別にまったく関係なしに生まれてくるのかもしれない。

 怪物について知られていることはあまりに少ない。


 何かが大きく変化したということはなかった。お嬢様はお嬢様らしく学園に通い良家の子女としてふさわしく振舞う。私は私でメイドとして働く。

 ただすこしだけ私の仕事が増えた。お嬢様の怪物退治をサポートする仕事。私はそれをメイドの仕事の範疇だと考えている。特別に人を雇う必要はない。

 故に私にはお嬢様の戦うその姿を一番近くで見る権利がある。


 長い黒髪は血潮に濡れてなお一層あでやかに見える。

 同じ色をした瞳はただ敵だけを射抜いて爛々と輝いていた。

 血と肉にまみれながら、歓喜にうち震えるその姿を見て、今日という日もお嬢様はなんて美しいのだろうと私は思った。

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