第2話「ヌシP、美しさの探求」
ヌシP「ふふん、今日もアタクシの美しさは天下一品ね。……さて、そろそろ“お仕事”の時間かしら」
事務所の前で一人ごちたアタクシことヌシPは、軽やかなステップで街へと繰り出した。もちろん、服装はアタクシの美しさを最大限に引き立てるための、生まれたままの姿……ではなく、グレーケル社長に泣いて止められたので、今日は特別に肌色の面積が極端に多い、前衛的なデザインの衣装を身に着けている。
ヌシP「フンフフーン♪ 美しいアタクシには、美しい街並みがよく似合うわぁ」
道行く人々がアタクシを見て悲鳴をあげたり、二度見したり、スマホで警察に通報しようとしたりしている。ふふ、わかるわよ。アタクシという究極の美を前にして、正気でいられないのよね。その混乱した顔すら、アタクシの美しさを引き立てるスパイスに過ぎないわ。
ヌシP「ああ、見てごらんなさい!あの花壇に咲く一輪の薔薇!情熱的な赤色……アタクシのハートと同じ色ね!」
アタクシは薔薇の前で足を止め、バレエのポーズのように優雅に片足を上げる。
ヌシP「美しいものがあるからこそ、この世界は輝く!そして、その美しさの頂点に君臨するのが、このアタクシなのよ!」
通行人A「……ママ、あの人こわい」
通行人B「見ちゃいけません!」
ショーウィンドウに映る自分の姿にうっとりと見惚れていると、不意に懐かしい気配を感じた。振り返るまでもない。アタクシの記憶の奥底にこびりついた、忘れることのできない……。
ハル「…………チッ」
鋭い舌打ちと共に、アタクシを睨みつける少女。旬学園の制服を着た、我が妹……いや、アタクシが“セイン”だった頃の妹、ハル。
ハル「……また変な格好でうろついてるわね、バカ兄貴」
その声は氷のように冷たい。だが、それでいい。それがいいのだ。
ヌシP「あら、ごきげんよう、シスター?今日のあなたも、実に“挑戦的”で美しいわ。その反抗的な瞳、アタクシをより高みへと昇らせてくれるわね!」
アタクシはわざとらしく、芝居がかった口調で返す。ハルはますます顔を歪め、「気安く話しかけないでくれる?死んだ兄のなりすましが」 と吐き捨てて足早に去っていく。
ヌシP「…………」
彼女の姿が見えなくなるまで、アタクシはその場から動けなかった。
(……それでいいのよ、ハル。アタクシのことなど、汚らわしい偽物だと憎んでいなさい。その方が、あなたたちのためなのだから……)
心の奥底に封印した“セイン”が、ズキリと痛む。だが、アタクシはその痛みを美しさへと昇華させるのだ。
ヌシP「悲劇!それもまた、美しさを構成する重要な要素!アタクシのこの胸の痛みすら、アタクシを輝かせるエッセンスなのよ!」
自己完結したアタクシは、再び美の探求を再開する。
しばらく歩くと、子供たちの声が聞こえる公園にたどり着いた。
ヌシP「おや?公園……。子供たちの無邪気な笑顔、それもまた原石の美しさね。アタクシがプロデュースすれば、ダイヤモンドのように輝かせてあげられるわ」
しかし、公園に足を踏み入れたアタクシは、ある違和感に気づく。
笑い声は聞こえる。子供たちは走り回っている。だが、何かがおかしい。
子供A「……えへへ」
子供B「……あはは」
笑顔のはずのその表情から、感情の色が抜け落ちている。まるで、精巧に作られた人形が、笑うというプログラムをただ実行しているかのように。
ヌシP「……これは……」
今まで見てきたどんなものとも違う。美しくも、醜くもない。ただ、空っぽ。
“無”だ。
ヌシP「…………ふふっ」
だが、アタクシの口から漏れたのは、困惑ではなく、歓喜の笑みだった。
ヌシP「ふふふ、あはははは!そう、これよ!この“空虚”!色彩が失われた世界に、アタクシという唯一無二の色が輝く!なんて素晴らしい舞台装置なの!?」
そうだ。この世界から色が消え、笑顔が消え、幸福が消え去った時、最後に残る美しさこそが、アタクシ。ヌシP(セイン)という究極の存在なのだ。
ヌシP「新しい美の形……見つけちゃったわぁん♪」
アタクシは恍惚の表情で天を仰いだ。
これから始まるであろう悲劇のショーを思い描きながら。
その日の夕方。事務所に戻ると、案の定、鬼の形相のグレーケル社長が待ち構えていた。
グレーケル「ヌシP!!!!あなた、また警察から『奇抜な格好の変質者が街を徘徊している』って、苦情の電話があったわよ!」
ヌシP「あら、アタクシの美しさに嫉妬した愚民の戯言かしら?美しすぎるのも罪、ということね」
グレーケル「罪なのはあなたのその格好と存在よ!いい加減にしないと、本気で契約を考え直すわよ!」
胃を押さえる社長を横目に、アタクシは優雅にティーカップを傾ける(ふりをする)。
ヌシP「まあまあ、そんなことより社長。面白いものを見つけたわよ……」
アタクシは、公園で見た光景を思い出しながら、不気味に微笑んだ。
ヌシP「“色が消え始めた”世界……。ふふふ、これから面白くなりそうじゃない?」
グレーケル「色が……消える……?一体、何の話をしているの……?」
いぶかしげな顔をする社長。
まだ、誰も気づいていない。
この世界を覆い尽くそうとしている、無機質な侵食者の存在に。
そして、その異変を「美しい」と感じてしまう、アタクシという異端の存在に。
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