読経
ゴンドラに乗ってきた棺の蓋を開けて中から超精巧なラブドールを取り出した。
さすがに棺関連でもう一ボケ用意していると思っていなかったのか、何人かが噴き出す。
美しい裸体だ。
「ただいまより焼香に入ります。前の方から順番にお進みいただき、焼香が終わりましたらお席にお戻りください」
俺がそうアナウンスをすると、先頭に座っていた男が怪訝そうな顔をした。
それもそうだ。野郎が入っていると思っていた棺からはラブドールが出てきたんだから。
いったいどこに野郎の体があるのか。
俺はゆっくりと手招きをした。
「こちらです」
そう言ってボンゴさん……じゃない、坊さんとボンゴの方を指し示す。
「ふっ」
耐えきれなくなった参加者が噴き出した。
ボンゴを乗せていた台こそが、本当の棺なのだ。
野郎はずっとここにいた。ボンゴの下敷きになっていた。
全力でボンゴを叩きながら読経を続ける坊さんのすぐ近くで、ボンゴの置き台になっている棺の窓から野郎の顔を覗く。
野郎は満足そうに死んでいた。
満足な人生だったかはわからない。わからないからこうして笑えて不謹慎な葬式を開いてやっている。満足のいく最後にしてやっている。
「別れ花を」
そう言って『卒業おめでとう!』と書かれた赤いコサージュを渡した。
野郎の顔の周りが色とりどりの『卒業おめでとう』で埋まっていく。
幸せそうじゃん。
その最中、ひとりが「ん?」と声をあげて、遺影を凝視した。
笑顔の野郎が映っている、一般的な遺影だ。
しかし次の瞬間、一瞬で写真が切り替わった。
「ほら、やっぱりこれ、写真変わってるよ!」
遺影の設置場所には、遺影ではなくiPadを置き、スライドショー形式で野郎の写真を投影している。
そして数枚おきに野郎の好きだったボケて(bokete)が映るようになっている。
笑わない坊さんがプロすぎる。
また、人間の目にも止まらない速さで「コカ・コーラを飲め」と「ポップコーンを食べろ」というメッセージも流れていく。
きっと通夜が終わるころにはみんなコーラとポップコーンを欲しているだろう。
ちなみに通夜振る舞いは寿司だ。
読経が終わりに差し掛かったタイミングで俺はもう一度天井を開いた。
ポージングを決めたボディビルダーがゴンドラに乗ってゆっくりと降りてくる。
ボディビルダーは意外と安く呼べるのだ。
彼はボンゴの前でサイドトライチェストとアドミナブルアンドサイを決めた後、ラブドールに立ちバックを噛ましてからゆっくりと部屋の外へ出ていった。
立ちバックはアドリブだった。
人の葬式だぞ!
と思ったけど、一人死んで一人生まれるならちょうどいいか。いやラブドールが孕んでたまるか!
…………ラブドールは孕まない。なんか漫画のサブタイトルみたいだな。
「ォアアア!!」
今のはドン・キホーテで買ったうるさくて黄色い鳥。「ォアアア!!」
ボンゴとドンキ鳥の音が止み、やがて読経が終わった。
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