第87話 権瑞
どんぐりクラッカーと、爽やかな野生の
「お造りと天ぷら、それから
何の魚か言わないところを見ると、仕掛けがありそうやな、と感づいたワテは、まずは刺身から手を付けた。刺身はどうやら昆布締めにしてあるようで、白身の上品な感じのする身だった。
「これは旨いですな! やらかい身の魚なんやろうけど、昆布締めにしたせいでしっかりとした歯ごたえになってますなぁ!」
しかし、鯛でもヒラメでもスズキでもない、キスでも無くメゴチでもマゴチでもない… どうもこの魚はワテの過去のデータベースに載っていない魚のようだった。続いて天ぷらも食べたが、これも美味かった。
「なんや、えらい上品なんやけど脂もあって、旨味が強いなぁ!」
最後の蒲焼も美味だった。
「うーん、アナゴよりも脂が乗ってますな、かなりウナギのような香りもありつつ、ウナギほど脂が強くない。いや、うまいです。」
結局何の魚か分からずに降参することにした。
「これ、
「えっ? あの毒針で有名な…」
確かに、釣り人に危険なゴンズイはうまいと聞いたことがあったが、自分で釣りをしないワテは特に手を出したことが無かった。市場にはほとんど流通していないからだ。
ゴンズイは海に棲むナマズの仲間で、背びれと腹びれ2つの3か所に鋭い毒針をもっているらしい。針の毒は強く、刺されるととんでもなく腫れるらしく、釣り人に嫌われていると聞いている。身には毒がなく、意外にも美味だとも言われている。
「市場ではあまり売ってないんですけど、友人が釣り好きなんですよ。で、ゴンズイは当たるとやたらと釣れるらしいんです。そういう時に、朝友人から買い取って、スタッフ総出で毒針を調理ばさみで落として、滑りをクエン酸水で取って、オーブンでまとめて白焼きにした後で冷凍しておくんです。昨日たまたま釣果があったんで、せっかくだから日持ちするように昆布締めのお刺身にしておきました。それで、たまたまですけど今日お出しできました。」
「おもろいもん出してくれるなぁ、来て良かったわ!」
「まあ、ゴンズイは手間がかかるんで、結果的に安くついてるかどうかはわからないんですけど、ちょっと遊んでみたくて、たまにやるんですよね…」
クロジさんのおすすめのグラスワインもついつい進んでしまう。山梨県産の甲州種ブドウで造った爽やかな白ワインで、なかなかいける。
「肉料理をどうぞ。」
どうも野菜と豚バラ肉の塊をトマトソースで煮込んであるようだった。
「旨い! これ、イタリア風の角煮やな!」
「そうなんです。角煮をイタリア風に出来ないかなと思って工夫してみました。角煮と同じように豚バラブロックを下茹でした後、たっぷりの新玉ねぎとニンジン、レンコン、ゴボウやキノコ、トマトソースを入れて無水調理で1時間煮込んだんです。仕上げに、オーブンで皮ごとこんがり焼いた新ジャガイモを加えてお出ししてます。」
「これは赤ワインやなぁ…」
「そう思ってグラスの赤もお持ちしました。」
「嬉しいわぁ… こんがりした皮付きの新ジャガがたまらんわ…」
「まあ、敢えて言うなら、豚バラ肉のクロジ風カチャトーラ、って感じですかね!」
勝沼産のミディアムボディの赤ワインが、イタリア風角煮と絶妙に合う。カチャトーラとはイタリアの「猟師風煮込み」という料理だ。だいたい鶏肉を使う事が多いようだが、クロジさんは中華風の
「最後にスパゲッティをお持ちしました。」
「これも旨そうやなぁ…」
トマトソーススパゲッティのようだが、トマト以外の野菜の旨味を強く感じる。そして、またもやスパゲッティそのものからどんぐりと蕎麦の野性味を感じた。
「これも例の蕎麦・どんぐり・小麦粉の麺なん?」
「そうです、クラッカーとは粉の配合を変えてますが、ワイルドな感じで強いソースに合う麺ですね!」
「このパスタソースはさっきの角煮の出汁やろ!」
「わかりますか、せっかく豚と野菜の旨味が出てるので、トマトを足してパスタソースとしても使用しました。パンチェッタは自家製です。」
パンチェッタは塩加減がきつくなく、豚肉の旨味がしっかりと感じられた。基本的には豚バラを塩につけて保存しておくだけなので、毎日チェックすれば簡単に作れる。こういうあたりも節約してはるんやな…と、ワテは思った。ゆでた菜の花がのせてあり、ほろ苦さがたまらないアクセントになっていた。
「パンチェッタは、豚バラを買ってきて塩をして、数日間おいてドリップを出して、その後で脱水シートに包んで1週間から2週間、長いものは1カ月くらい保存して作ってます。」
「簡単やし、よそから買うてくるより安くできるなぁ。」
「そうなんですよね。空き時間にちょっと面倒見るだけであとは時間だけですから。パンチェッタのみ量り売りで販売もしてるので、そこで利益を取る事も出来ます!」
思った通り、よう考えてる
「最後にデザートをどうぞ!」
なにやらかんきつ類と四角くカットした寒天、そして豆が入っているのが見える。
「みつ豆ですか!」
「そうです。」
口に含むとかんきつの爽やかな香りが弾け、優しい甘さとかるいほろ苦さがワテの舌に広がった。
「
「この季節しか使えないので、ぜひ味わってもらおうと!」
「この蜜は砂糖の蜜やあらへんなぁ、もっと上品な感じがするわ…」
「これは、オリゴ糖の蜜に蜂蜜を合わせてます!」
「なるほど… 砂糖やのうて、オリゴ糖やからさらっとした甘みなんやな…」
「オリゴ糖は善玉菌を増やすので、整腸作用もあるんですよ。」
相変わらずよう考えとって、あの理屈っぽいシロクマさんと仲がええわけやなぁ、と思った。
デザートも食べ終わったし、そろそろお暇するかな…と思い、ワテは支払いをしようと伝票を出した。
「じゃあ、お酒も併せて3800円になります!」
「ようさん食べた割りには安いなぁ…。そういえば、お兄さんとクマイさん、いま何してはるん?」
「あ、ちょっと異世…、いや、ちょっと出張に言ってまして(汗)」
「そうなん、さっき伺った蕎麦粉の話、ちょっと気になってな…」
「そうですか! 今度兄貴に話しておきます!」
「よろしう頼みます。」
ほろ酔い気分で帰ろうと店を出たところ、クロジさんに呼び止められた。
「これ…、前に色々と教えていただいたお礼です!」
「え? そんなん、よろしいがな…」
「ゴンズイの白焼きと、蒲焼のタレをいれてますから、家で温めて蒲焼丼にでもしてください。」
「悪いなあ、スタッフと味見させてもらうわ!」
ちょっと本気でこのクマの兄さんのところから、いろいろ仕入れても良いかもしれないな、とワテは思うようになった。
「それにしても、クロイさん、出張ってどこに行ってはるんやろ? 」
そんな疑問と心地よい夜風を感じながらワテは家路につくのだった。
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