第85話 金太郎
さて、今日はボクことクマイも、クロイさんも、他のみんなも休日になった。とは言え勝手の分からない異世界に来てすることも無く、みんな現実世界からもって来た雑誌を読んだりスマホを眺めて居たりする。
そんな時、パソコンを眺めていたクロイさんが大声で言った。
「みんな! このゲームやろうぜ!!」
「なんですか?」
「キー? キー?」
メタルスライムまで集まってきてガヤガヤしはじめた。
「いや、オヤジが最近立ち上げた相模原のゲーム会社で作ったソフトなんだけどな、『金太郎電鉄』って言うんだよ。」
「あ、そのゲームのことボク知ってます、なんか一番弱い人にキングボンビーとか押し付けたり、攻撃系のカードでいじめる感じのゲームですよね… ボク、そのゲームあんまり好きじゃないです…」
ボクは過去、某M電で嫌な目にあった経緯をふまえて、そのゲームはあまりやりたくないとクロイさんに言った。
「いや、これは全然違うゲームだぜ! おれの故郷の丹沢山系の足柄山で生まれた金太郎っていう英雄が社長になって、静岡や山梨を含んだ南関東に鉄道を作るゲームなんだ!」
「え? そうなんですか! それは面白そうですねぇ!」
さっそくボクたちはゲームをやり始めた。スタート時点でプレイヤーはコンピュータの金太郎社長の部下として小田原や鎌倉、横浜や大宮、千葉、木更津などに配置され、それぞれ鉄道を敷き始める。
増資カードや技術援助カード、増派カードなど、相手を「助ける」カードが充実している。オンラインゲームでチームとして好成績をあげることを競うゲームと似た感じのようだ。弱いところに手助けを入れるほど加算されるシステムだが、総合成績も問われるので微妙なバランスが必要という感じになる。
とにかく自分のチームの弱い部分を補強し合ったり、強い部分に増資を要請したりとなかなか手が込んでいる。
「クマカード」を使うと一番資産が低いところにクマが来て工事を手伝ってくれたりする。工事がすすんで静岡と神奈川が鉄道で結ばれると、直通列車が通じて相互が儲かるようになる。
このように、協力するほど強くなるゲームなのだ。
最初は、ボクが小田原、クロイさんが鎌倉、クロジさんが横浜、ウサギさんが千葉、熊村さんが大宮、スライムさんが木更津、メタルスライムさんが山梨に配置された。
ボクはとりあえず東に向かって線路を延伸していくことにした。クロイさんは横浜方面を目指して北上、クロジさんは東京方面へ北上、熊村さんは東京へ向けて南下、ウサギさん、スライムさんも東京方面へ、そしてメタルスライムさんは現実の中央線に近いルートで東京へと向かっている。
ボクは小田原から大船まで東海道線を開通させ、クロイさんが鎌倉から横浜までを開通させた。
「これで、小田原からの乗客と、特産品が送れますよ!」
「よし、駅そばのメニューに小田原かまぼこ蕎麦を追加できるよ!」
クロジさんがさっそく駅そばのトッピングに小田原のかまぼこや、鎌倉のしらすを使ったかき揚げを追加していく。
「千葉からの農作物が届くよ!」
ウサギさん、スライムさんの連携で運ばれて来た千葉の野菜や魚介類も流通し始める。埼玉方面からも熊村さんの手配でお茶や野菜、ブランド豚などが集まり始める。みんなの分業で比較的スムーズに線路が敷かれ、だいたい現実と似たような路線が整った。
ここで、金太郎社長のアイコンが点滅して、社長指示がでた。
「事業部制にして、事業区分を再構築せよ。」
金太郎社長はそのように言っている。ボクはどういう意味かよくわからなかった。
「これって、何を指示されたんでしょうか…?」
「多分だけど、いまおれ達は自分が線路をひいた地域ごとに個別に事業してるよな? そうじゃなくて鉄道事業、販売事業、フード事業、貨物事業なんかの得意分野に区分けしてそれぞれに特化した事業形態にしろ、という事じゃないかな?」
「なるほど!」
さすがクロイさんだなとボクは思った。さっそく、鉄道はボク、ショッピングモール事業をクロイさん、フード事業をクロジさん、通信事業を熊村さん、切符類の販売事業をウサギさん、貨物事業をスライムさんが受け持つことになった。
「ねえ、メタルスライムは何をやるの?」
ウサギさんの質問に、ボクとクロイさんもハッとした。メタルスライムさんは黙々と何かの事業をやっているのは知っていたが、地域ごとの交易に熱中していて忘れていたのだ。
「キー!キー!」
「なんか、水晶を掘ったり化学工業を興したりして独自に発展してるようだよ!」
ウサギさんがメタルスライムさんと話してびっくりしたようだ。メタルスライムさんは、鉱山知識を生かして黙々と水晶を使った産業部品製造やカーバイド事業、シリコン事業などをやっていたのだった。
「じゃあ、メタルスライムには化学事業をお願いするぜ!」
クロイさんの仕切りで皆の役割が決まった。
ボクはスライムさんの要望に応じて貨物列車を手配したり、ウサギさんの企画する季節列車の運行を手配したり大忙しになった。クロイさんはドングリやクルミから最新ファッションまで何でも買える駅併設のショッピングモール「ク・ルミネ」を経営して繁盛している。クロジさんのフード事業はエキナカレストランだけでなく、お持ち帰りのお総菜なども駅構内で買えるサービスを提供して、これまた繁盛している。
一風変わっているのは熊村さんの事業で、鉄道に不可欠な通信ラインの余剰帯域を使ってインターネット接続サービスやケーブルテレビを配信している。そしてメタルスライムさんの化学製品はボクが手配した山地用のEF64が牽引する貨物列車で続々と東京や川崎の工業地帯へと運ばれていく。
「兄貴、フードコート増設したいから増資してよ!」
「おう、クルミネの最上階にも出店してくれ!」
クロジさんとクロイさんがやりとりをしている。
「お正月で初詣需要でパンパンです! 駅に人が足らないです!」
「ウサギカード!」
ボクのピンチはウサギカードで増派された臨時職員による雑踏整理ですくわれたりもしている。ボクの保線事業がピンチの時は、熊村さんが土木作業員を融通してくれたり、助けられることでどんどん絆が深まっていく感じがした。
そのとき、「台風」のイベントが発生して架線が分断され、多くの乗客が車内に閉じ込められることになってしまった。
みんなが手持ちのクマカードで保線員を手配してくれたので復旧工事をすすめ、立ち往生した列車に救援の社員を向かわせた。そして、メタルスライムさんが用意してくれた化学繊維シートなどを敷いて乗客に駅で一夜を過ごして貰ったり、クロジさんの会社からの炊き出しで帰れない人たちの飢えをしのいでもらったり、熊村さんの回線で家族に連絡してもらったりした。この事件でボクの会社の業績は大きく落ち込んでしまったが、みんなの助けでなんとか乗り切る事が出来た。
そんなこんな、のめり込んでずっとゲームをしていたところ、気づけば夕方になっていた。そろそろゲーム内での制限ターンも終了し、50期目の最終決算となった。
ボクたちの金太郎電鉄グループは大きく成長し、エンディングでそれぞれが金太郎社長から、細かい講評と共に表彰された。結果的に収益に大きく貢献した人も、収益面での貢献は少なかった人もいたが、金太郎社長はそれぞれの良い点を褒めて成果にみあったボーナスをくれた。
そして、AIの金太郎社長は各プレイヤーがどういう場面で誰をどうやって支援したかをちゃんと記録していて、その点を何が良かったか具体的に言ってくれるのでなんだかとても嬉しかった。ボクは全体的に台風や繁忙期などで他のプレイヤーに迷惑をかけがちだったなと思っていたのだが、金太郎社長は「クマイ鉄道事業本部長は最も困難かつ、グループ事業の根幹である鉄道事業を良く支えた。ピンチの時に他の事業部から沢山の援助がもらえたのは、クマイくんの人徳ゆえだ。」と言ってくれた。
なんだか、ただのゲームなのにボクはちょっと泣きそうになった。
………………………………………
「なんだか、夢中になっちゃいましたねぇ!」
「ああ、面白かったな!」
「キイキイ!(喜)」
小腹もすいたのでみんなで夕食をとりながら、ゲームの感想を述べあった。
「ボク、台風で大損害を食らった時にみんなが手伝ってくれて、そのあと業績が厳しいときも助けてもらえて、とても嬉しかったです…」
「そんな事ないよ、僕が考えた企画列車、クマイさんが頑張ってダイヤ組んでくれたじゃない。僕もクマイさんに助けられたよ!」
「僕もクマイさんが各地の特産品を発掘してくれたので、いろいろメニュー開発できたしなぁ。」
ウサギさんもクロジさんも満足してくれたようだ。
「メタルスライムはどこが面白かった?」
「キー!キー!」
ウサギさんの問いに対するメタルスライムさんの答えは、「ほうとうがメニュー化されて嬉しかった」だった。山梨推しのメタルスライムさんは、なぜか麺や具は食べられないのにほうとうの汁を飲むのが好きらしい。あと、ぶどうやモモのジュースにもこだわりがあるようだった。ゲームを通じてメタルスライムさんの意外な一面が見えて面白いな、とボクは思った。
「なんだか、ボクたちがこれからやる事業の予行演習みたいな感じでしたねぇ…」
「そうだな、明日からの仕事、また頑張ろうぜ!」
和気あいあいとしたボクたちの夕食の宴は、夜遅くまで続いたのだった…
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