第82話 夜間
クロイさんは現実世界の丹沢へ資金調達の相談に行ってしまい、ロトのウサギさんとスライムさんも鉱物や金属の専門家であるメタルスライムさんを探しに行ってしまった、こうして、工事最終日はボクと熊村さんの二人で仕切ることになった。
いつも通りヘルメットなどの装具の確認をして、ラジオ体操で身体をならし、安全講話でヒヤリハット事例の紹介をした後、熊村さんが最終工区の説明をする。この区間は現実世界から引いてきた光ファイバーケーブルが、ついにローレシアの城に到達する部分となる。そのため、最後はローレシア城の外壁まで工事をしなければならないが、そうするとモンスター達と住民が接触する可能性が出てくる。それを避けるため、日中に最終工区の1㎞を残して工事を終え、日没になってから、騒音を避けるためにトレンチャーを使わずに手掘りで最終工区の作業を終えるという算段だった。
「日中の作業は早めに切り上げるから、勇者の泉へ帰って一度良く休んで、気を付けて夜間工事に臨んでくれ!」
熊村さんが力強く言う。ボクも、夜間作業で発生しやすい事故について知らせ、各人にLEDランタンを用意するのでその光の下で、各人の間を十分にとって作業するように言った。
さっそく、工事に係るといつもの通り手押しのトレンチャーで工事は快調に進んでいく。
予定のローレシア城1㎞前地点まで快調に工事は進み、ここまでで時刻は14時を回ったところだった。
「それじゃあ、各人、ハイエースに分乗して勇者の泉に戻ってくれ! 20時に再度ここに集合して、あとは手掘りで頑張ろう! 残業代と、完工のボーナスをはずむから頑張ってくれ!」
熊村さんがボーナスに言及したので、
「う~っす! 戻ったぜ!」
クロイさんが帰って来たのだった。
「あ、クロイさん、早かったですねぇ! こんなに早かったって事は、もしかして、速攻でお父さんに断られちゃいましたか…?」
ボクはクロイさんがあまりに早く帰ってきたので、一も二もなく断られて追い返されたのかと思ったのだった。
「いや…、それが…」
クロイさんから話を聞くと、企画書を読んだだけでほとんど質問もなくOKで、早く戻って仕事しろと言われたので急いで戻って来た、ということだった。
「それは、良かったですねぇ!」
「ああ、でも、緊張が解けてへたり込んじまった…」
クロイさんもなんだか疲れているようなので、ボクたちは自室のベッドに横になると、少しでも休もうと19時まで仮眠をとったのだった。
……………………………………………………
19時になりボクたちは目覚まし時計の音で目を覚ました。ドングリクラッカーと現実世界からもって来たチーズ、このあたりで摂れた野菜で簡単な夕食を取ったボクたちは、20時少し前になると部屋を出た。
「うっす! 今日は夜間工事なんだ!」
クロイさんがすっかり顔なじみになった警備兵に挨拶した。
「ご苦労様です! ご安全に!」
と、警備兵も返してくれる。ボクが教えた「ご安全に!」という挨拶は、ドラクエ世界の現場でも少しずつ浸透していっているようだった。ボクたちは商用バンと軽トラに分乗すると、人気の少ない城の北側に設定した集合地点に向かった。
「おっす! みんな元気か!」
クロイさんが
「なんだって?「死んでてもイキイキしてる」って? そりゃあ良かった。それじゃあ、もう一度今日の作業工程を確認してから、作業に入ろうぜ! 」
「クロイさん、こんなやりかた、どうやって思い付いたんですか?」
ボクの質問に、例によって歴史好きなクロイさんが答えた。
「豊臣秀吉が織田信長から命ぜられた清州城の壁普請の故事にならったんだ! 秀吉は工事を幾つかの組に分けて競わせ、工事が早く終わった組にはとっぱらいで現金を配ったそうだ。何と言っても働くモチベーションは金だからな!」
「それはそうですよねぇ、やっぱり、やった分だけスパっと貰えれば気持ちがいいですからね。モチベーションが高いと安全にも良いのでボクも賛成です。」
クロイさんの知略で工事はみるみるうちに進み、ついにローレシア城の裏側までケーブルが到達した。
「さて、ここから、出来るだけ高い位置にWi-Fiルータを接続しないとな。」
熊村さんが言う。
「あの、城のてっぺんのところまで私が登ってサッとルータを取り付けてきますよ。実は親父が
熊村さんはそう言ったが、ボクは足場も安全帯も無しで高所作業するのには反対だった。いくら慣れていても、いくら鳶の経験があっても、万一のことがある。
「すみません、絶対に許可できません!! 安全は全てに優先するんです!!」
ボクは、はっきりと反対した。そこで、クロイさんが別の知恵を出してくれた。
「材料のなかにステンレスのパイプがあっただろ、それを城のバルコニーから立てればいいじゃねえか。高さはそう変わらないぜ。」
「なるほど、それはいいアイデアですねぇ!!」
クロイさんのアイデアで、屋外型Wi-Fiアンテナをつけたポールが城のバルコニーにセットされた。工事はドリルで城のバルコニーに穴をあけて、固定剤を入れたアンカーボルトを埋め込み、それにアンテナを先端につけたパイプを固定して設置した。屋外に設置するのはアンテナのみにして、ルータ本体は雨風の影響を受けないように屋内に設置することになった。
さっそく熊村さんがIPoE接続を試し、Wi-Fiが開通した。ボクの部屋のコンピュータもインターネットにつながり、現実世界のホームページも見れるし、現実世界と通話も出来るようになった。熊村さんはWi-Fiを複数系統にわけていて、現実世界側に接続できる系統と、ドラクエ世界側だけで通じる系統に分けて設定していた。これで、ボクたちはドラクエ世界側の系統が使えるスマホを住民やモンスターにリースすることで利益を得て行こうという考え方なのだった。
「なあ、完工記念の写真を撮ろうぜ!」
朝焼けがまぶしいなか、クロイさんはそういって、ボクたちと
朝焼けの中で集合したボクたちは、カメラを三脚にセットして、セルフタイマーで何枚か写真を撮影した。アンデッドマンの一人が、「フラッシュで赤目になってないかな?」と心配すると、別のアンデッドマンが「もう目は無いんだから心配ない」とか、冗談を飛ばしている。
クロイさんは約束のボーナスを払い、掘削量の少なかったアンデッドマンにもそこそこの額を渡して、「お前らのおかげだぜ!」とねぎらっていた。みんな、ハイエースに乗って勇者の泉に帰り、ボクたちも部屋に戻って寝ることにした。
なんだか、本当に頑張ったという充実感を感じながら、ボクたちは眠りについたのだった。
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