第81話 出資

 翌朝になり、本日は通信ラインの工事の最終日だ。おれも工事に立ち会いたかったが、現実世界側の資金調達は喫緊の課題なのだ。なので、現場をクマイと熊村さんに任せたおれは軽トラで勇者の泉から現実世界に戻り、親父オヤジがオフィスを構えている丹沢山系へと向かった。


 朝早く出たので渋滞にぶつかることも無く、無事に親父オヤジの会社についたおれは、階段を上がって親父オヤジの執務室の前に立った。親父オヤジの会社から金を借りると言うのは、銀行から借りるより緊張する。銀行は納得しなければ断られるだけだが、親父オヤジの場合は下手な計画を提案すればドヤされてしまう。過去に何度も事業計画を立てて親父に一喝された経験を持つおれは、胃に少しシクシクとした違和感を感じながらドアの前に立った。


 事前に電話した際、「パワーポイントでのグダグダした説明なんか要らないから、書面にまとめてこい。」と言われていたので、おれとクマイの作ったパワポの要点を取り出して再構成した書類を作った。確かに現実世界の人間に「鉄道とは何か」の説明なんか必要ない。「計画の概要と採算見込みをしっかり紙に落とし込んで来い。」とも言われたので、おれはこれまで作ったパワポを、遅くまでかかって紙に改めてまとめたのだった。


 ドアをノックすると、「入れ。」という声がした。緊張した面持ちでおれは親父オヤジのオフィスに入っていった。年季の入ったでかい黒檀のデスクにゆったりと座っている親父オヤジに、昨日まとめてきた書類を手渡した。


 しばらく無言で親父オヤジが書類に目を通している。ゆっくりとページをめくりながら読んでいく親父オヤジを見つめなっがら、おれは掌にあせがにじんでいるのを感じていた。


 「クロイ… おまえ、いい仲間を持ったな。」


 意外な親父の言葉におれはびっくりした。


 「この企画書の中の、技術部分とか、あとはマーケットリサーチの部分は、お前ひとりでは出来ないだろう。ひとりで出来る事、ひとりの能力には限界がある。だから、信頼できる仲間を手に入れてそれを補う事がビジネス成功の秘訣のひとつでもある。」


 親父オヤジが言った。


 「お前は、ひとりでは出来ないことに気づいて、ちゃんと信頼関係のある仲間を頼ったんだな。それは本当によくやった。必要なだけ出資してやる。利息と期限は気にしなくていいから、かならず返せよ。」


 おれはさっきからの緊張がとけて、ヘナヘナと親父オヤジの部屋の来客用ソファにへたりこんだ。


 「また、ドヤされるんじゃないかと思ってきたんだけど、あっさり承知してくれたんで逆にビックリしたぜ…」


 おれは、以前にも不動産事業とか、ドングリ食品工場の新設とかの事業を考えては

親父オヤジの出資をもとめて企画書をもって来たことがあった。しかし、いつも事業計画の不備や見通しの甘さを指摘されて、ドヤされて終わってきたのだ。


 「親父オヤジ、なんで今回はあっさり出資OKしてくれたんだ?」

 「…………………………。」


 しばらくの沈黙のあと、親父オヤジが口を開いた。


 「それは、お前が最初から俺の出資を当てにしてきていたからだ。」


 親父オヤジが説明をはじめた。


 「親族で借りた金で事業をする場合、どうしても、失敗しても許してもらえるという「甘え」が残ってしまう。それが、事業を失敗に導く原因となる。今回、お前はもう異世界で他人から出資をうけて、責任をもって事業をやる腹をくくってるだろうし、成功させる責任も負っているわけだ。お前がそういう成長を見せたから、それならばいいだろうと思ったんだ。」

 「………そうだったのか………。」


 おれは親父オヤジがそこまで考えていたのかと驚いた。


 「それに、さっきも言ったが、どうもお前は良い仲間を見つけたようだ。だったら、お前だけじゃなく、お前とそのお友達を応援したいと思ってな……。」

 「ああ、クマイはもちろん、異世界や現実世界のやつら、神様から死人までいい奴らが山ほど集まってるぜ。鉄道が完成したら完成式典をやるから、親父オヤジもその時は是非来てくれよな!」

 「ああ、楽しみにしている。そう決まったらこんなところ丹沢で油を売っていないで、さっさと現場に戻って仕事しろ。時は金なり、だ。」

 「おう!!」


 おれは力強く叫ぶと、親父オヤジのビルからでて近くの親父オヤジの工場へ行った。出資が決まって安心している場合じゃない。「勝って兜の緒を締めよ」だ。いつも通りに「丹沢の銘水」や「熊雲ゆううん」を軽トラに積み込んで異世界で売らなければならない。出資が決まって浮かれているようじゃ駄目なんだ、コツコツと顧客を開拓しなければならない。そう心に決めたおれは、クマイゆずりの安全運転で親父オヤジの工場をめざして運転していくのだった。


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