第76話 盲腸

 ここからは、具体的な計画の内容になる。まずは技術側の概要をクマイが説明する。


 「今回の計画は、ボクたちの住んでいる国で言えば、先ほど説明した1872年の鉄道開業に相当するような位置づけになると思います。なので、最初は多くを狙わず、シンプルな1編成を運転することですすめたいと思います。動力としては、ボクたちの世界では鉄道線路を整備する工事のために使用する「モーターカー」という簡易的な機関車があるので、これに客車と貨車を連結して使う予定です。」


 クマイがモーターカーの写真を見せながら説明している。


 「モーターカーを使用することに決めた理由は、① 整備・保守が容易であること ② 運転操作が簡単であること ③ ボクたちの世界側で運転に免許が不要なこと ④ 自力でジャッキアップすることができ、人力でその場で方向転換できること ⑤ 価格が安いこと など、総合的な視点から考えて、導入用の機関車には最適であると判断したためです。」


 安全面についての説明も行われた。


 「当面は一編成のみの運転に留めることで、列車同士の衝突はおこり得ません。沿線には柵をつくり、モンスターが横切れるように踏切を作ります。可能であれば跨線橋こせんきょうやトンネルを作って立体交差にし、踏切事故を防止します。踏切部は光ケーブルを使った監視カメラで遠隔監視し、異常を常に確認しながら運行します。列車の位置確認は通常の※1道回路方式と、沿線に設置するモバイル通信によるリアルタイム位置確認の併用で安全性を高めることにします。」


つづいて、おれから路線計画について説明を行った。


 「路線は、勇者の泉とローレシア城を結ぶランAと、勇者の泉-サマルトリア-リリザ-ローレシアを結ぶランBで考えました。今のところ異世界同士の人流は考えていないので、プランAでは物資の輸出入に用途が限られますが、途中に駅を作ることで宅地開発をしていくことは可能です。」


 「プランBでなけりゃ、わしにはメリットが無いぞ。」


 サマルトリア王のウサギが当然の発言をする。


 「そうね、私もプランBがいいと思うんだけど…」


 ここで、ローラ姫のウサギが意外な提案をしてきた。


 「思うんだけど、どうせならプランAとBを両方にしたらいいじゃない。プランBにローレシアから勇者の泉方向までの路線を加えて、ここと、ここををくるっと曲げて、くるくる回れるようにしたらいいんじゃないの?」


 ローラ姫のウサギは地図を指さしながら、勇者の泉手前と、ローレシア城付近の2つでカーブを作って環状線を作ったらいい、という趣旨のことを言った。くるっと曲げるとか、くるくる回るとか、言い回しが技術者のクマイと違って女性らしいな、とおれは思った。


 「環状線ですか!!これは気づきませんでした!!」


 クマイが思わず声をあげる。


 「そもそも、勇者の泉-ボクたちの世界方面は貨物しか通しませんから、そこは※2腸線にしてしまって、旅客列車を環状線で回せば効率的ですねぇ!」

 「ウサギの姉さん、なかなかやるぜ…」


 自分のアイデアがクマイに絶賛されて、ローラ姫のウサギも嬉しそうだ。ここまで乗り気で、アイデアまで出しておいて金は出さないという事もあるまいと思い、おれは腹の中で今回のプレゼンの成功を確信した。環状線の話が一区切りついたところで、おれは更に事業計画の話を続けた。


 「付帯事業については、いくらでも発展可能性がありますが、まずは必要不可欠エッセンシャルなところ、食事と宿泊の提供から始めたいと思います。この世界の宿屋は数が限られているので、彼らと協力して城外に拡張した形の宿屋を展開したいと考えています。また、ロトのウサギの話ではおれ達の世界の食べ物はウケがよさそうなので、異世界料理などを名物として集客し用途考えています。」


 「どんなものが食べられるんかのう…」


 サマルトリア王が食べ物に興味を示したところで、おれは前もってロトのウサギと計画していた切り札を出した。


 「おれ達の世界では、駅の食事といえば蕎麦なんです。ですから、まずはこれを提供したいと考えています。」


 おれがそう言うと、暖かいかけ蕎麦と、冷たいせいろそばを持ったロトのウサギが入ってきた。ウサギは手際よく配膳すると、ローラ姫のウサギとサマルトリア王のウサギに箸のつかいかたを説明した。2人はぎこちないながらも蕎麦を食べ始めると、二八蕎麦の食感とのど越しに感動していた。


 「確かに旨い、確かに旨いが、なにか具があった方がいいと思うぞ。」


 サマルトリア王の指摘に対して、おれは「いろいろな具材があるが、今日はこれを用意しました。」と言って、ウサギが後ろに隠していた湯の中のレトルトパックを取り出した。おれは封を切るとかけそばにボンカレーゴールドを注ぎ入れ、2人にすすめてみた。


 「おお! これは旨いな!」

 「独特な香りがたまらないわね…これは何という料理なの?」

 「おれ達の世界では、カレー南蛮と呼んでいます。これは短時間で提供できる駅でのメニューで、宿屋に併設のレストランではおれの弟、クロジがもっと手の込んだ料理を提供できるようにすることを考えています。」


 環状線計画のアイデアが飛び出したところで、ダメ押しの蕎麦とカレーが功を奏し、おれ達の計画は無事に出資を受けることができるようになった。しかし、これは当然出資に見合うだけの成功を収めなければいけないという事を意味し、おれとクマイは嬉しさと共にプレッシャーを腹に感じるのだった。



★ 近況ノート:どうぶつクエスト クマイ初期プラン を参照ください。


※1 列車が通ると2本のレールの間が電気的につながる(短絡たんらくという)ため、この短絡たんらくの発生を検知して、どこに列車がいるかを検知する仕組みのこと。(モーターカーは誤探知を防ぐためにこの短絡が起こらないような構造の車輪になっているが、この物語では後にクマイが改造して短絡するようにする)


※2 盲腸線:営業距離が比較的短く、起点または終点のどちらかの端が他の路線に接続していない、盲腸のように飛び出た路線のこと。

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