第77話 与一

「とりあえず、今夜は投資決定祝いだぜ!」


 とりあえず理由がつけば酒盛りがしたいタイプのおれだが、事業への投資が決定した、という事ほどめでたい酒盛りの理由も少ない。今日は洋酒を飲みたいおれは、とっておきのウイスキー「フブキ」を開封した。似た「ひびき」の名前の高級ウイスキーとは別物の、秋田県にある男鹿蒸留所で作られたウイスキーだ。ラベルにはかわいいシロクマがドデっと寝転がっていて、母グマが呆れたような顔で見つめている図柄が描かれている。


「良かったですねぇ…」


 クマイは疲れが出たのか、放心状態になっている。


「なんか、ほぼ数日おきに酒盛りしてる気がするね…」

「キイキイ(酔)」


 ウサギと、スライムもなんだかんだ言っても酒盛りには参加するのだ。スライムはハイボールを飲んでいるので、体の中で炭酸がシュワシュワしてるのが透けて見える。めでたいとはいえ、みんな疲れてるからほどほどにしないとな…と思っていたところ、部屋をノックして意外な人物が顔を出した。


 「兄貴! 出資決まったんだって!? おめでとう!」

 「青年たち、頑張ったのう!」


 クマイから出資が決定したという知らせを受けたクロジと和田さんが、さっそく駆けつけてくれたのだった。


「兄貴、これ、店の残り物で恐縮だけど、つまんでよ!」

「おおっ、ソーセージやサラダ、漬物なんかいろいろ入ってるな!」

わしはとっておきのウイスキーを持ってきたぞ!」


 和田さんが持ってきたウイスキーを見ると、一文字に十六葉菊の紋、それから海上に浮かべた小舟に立てた扇に弓を構える若武者のイラストがデザインされていた。ラベルにはキッカウイスキー「与一よいち」と書いてある。


「なんか読み方だけは聞いたことがあるウイスキーの名前だぜ…」

「昔、わしの同僚だった御家人が脱サラして作ったインディーズメーカーで、生産数が少なくて希少らしいぞ。なんかの時に送ってきてくれたんだよな。家紋が一文字に菊だからキッカウイスキーって言うらしいぞ。」


 早速味わってみると、鋭くピンと舌の中央に突き刺さるような味がした。それでいて、酔いが回ると陽気になって船端やえびらを叩いてどよめきたくなるような気持になる。


 「ひいふっ!」


与一よいち」を飲んだクマイが変なしゃっくりをしている。


「このウイスキー、何気にの漬物によく合うね… ひいふっ!」


 カブの浅漬けを齧りながら飲んでいるクロジも変なしゃっくりをしている。


 おれ達が船端やえびらを叩いてどよめいていると、また意外な人物があらわれた。サマルトリア王がドアを開けて入ってきたのだった。


「おお、おっさん! 昼間は驚かして悪かったな!」

「まったくじゃ、出資者なんだから、わしも混ぜてもらっていいよな。」

「もちろんです、陛下、どうぞこちらへ!」


 スイッチが入って営業モードになったウサギがサマルトリア王にソファを用意した。なんだか急にそつがないウサギに急成長していて、おれは驚いてしまった。


 話を聞いていると、サマルトリア王は元来は気弱で、立場上威厳を示すために厳しく言っているうちに、なんだか自分でも勘違いをしてしまったのだという。おれもちょっとやりすぎたなと思っていたところなので、昼の事を素直に謝った。


「800年前のわしも一族の長でなぁ、結構苦労したもんだよ。」

「やっぱり、先輩の時代の領主もそうだったんですか…?」

「いや、だってわし、結局権力争いに敗れて殺されちゃったしね。」


 サマルトリア王と和田さんが「領主あるある」みたいな愚痴を言い合っている。住民はうるさいし、権力争いはあるし、戦いがあったら行かないといけないし、などと言っては「フブキ」を酌み交わしている。サマルトリア王は酔うと地が出て気が小さくなるタイプらしく、和田さんのことを「先輩」と呼んでいる。領主業の先輩という事か。


 まさか、こういう組み合わせが成立すると思わなかったおれは、もともと丸い目をさらに丸くして領主飲みを見つめていた。そんな折、横で想像もしなかった酔い方をするクマイが叫び始めた。


「こんなわかりづらいギャグってありますか! ひいふっ!」


 クマイは今回のネタがわかりづらい事に憤っているらしい。たぶん、前半でしゃっくりくらいしか出番が無いことが内心不満だったんだろう。


「これはですねぇ、ニッカウヰスキーのニッカと那須の家紋の菊花きっかをかけた単なるダジャレで、ニッカのブランド「余市よいち」と御家人の「那須与一なすのよいち」をかけた単なるダジャレなんです! わかりにく過ぎますよ!! ひいふっ!」


 酔っぱらったクマイはひときわ激しいメタ発言を振りまいている。


「それで、平家物語の屋島の戦いで、小舟に立てられた扇の的を、那須与一が見事に射貫くシーンで、射貫いた時の効果音が「ひいふっ!」だったわけです!! 与一が使ったのが「※1 ぶら矢」だったからクロジさんがカブの漬物をかじって、海の平家は船端を叩いて与一をたたえ、陸の源氏はえびらを叩いて与一をたたえたって話しじゃないですか! ひいふっ!」


 クマイは今回のわかりにくいギャグを、酔った勢いで早口で解説していく。


「だいたいえびらってなんですか! 「※2 海の大決闘」ですか! ひいふっ!」

「クマイ、それは東宝のゴジラシリーズに出てくるエビ型の怪獣、エビラじゃないんだ。矢を入れておくためのケースの事をえびらって言うんだ!」

「突っ込んでくれて、ありがとうございます! ひいふっ!」


 そういうと、クマイは那須与一の扇の的のあと、ハイになって踊っていたら義経の命令で、与一に射殺いころされてしまった平家の黒革をどしの鎧の武者のようにベッドに倒れ込んでしまった。


「情けなし…」


 そう言うと、クマイはそのままいびきをかいて眠ってしまった。クロジとウサギ、スライムは珍しい酔い方をしたクマイをおもしろそうに眺めていた。


「兄貴、悪酔いしても人に迷惑をかけないのは、いかにもクマイさんらしいね。」

「クロイさん、たまにはこういうクマイさんも面白いよ。」

「キイキイ!」


 スライムはクマイに「丹沢の銘水」を飲ませたり、自分が枕になったりしてクマイを介抱している。自分が怪我をしたときにクマイに介抱してもらったことが嬉しかったのだろう。


 おれは、「なんだか異世界に来てよかったな…」という気持ちを噛み締めながら、ほどほどで酒盛りを終わらせることにした。



※1 かぶら矢とは、矢の先にかぶらと呼ばれる音を発生する器具をつけた矢の事。


※2 「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」は、1966年に公開された東宝の特撮映画。エビラは、同作に登場するエビ型の大怪獣である。



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