第75話 序論

 入城したおれたちは、ローラ姫のウサギとサマルトリア王のウサギに、20時から事業計画の説明をする約束をして、最後の資料作りにかかった。事業計画はおおむね完成していたが、最後の詰めの部分、つまりロトのウサギが集めてきた情報を基にした需要予測の部分が空白だったのだ。


 ウサギの話では、どの街や城でも資材や商品が不足したりダブついていたりで、物流と人流が出来ることでこれらの過不足を解消できる可能性があるとの事だった。そして、数値には乗らないが、実質的に移動を規制されているこの世界には目に見えない鬱屈うっくつした感情が渦巻いていて、それらが鉄道の開通により旺盛な観光需要につながるのではないか、という話もあった。


 そして、宿屋のおやじの話などから、食事や入浴など移動に伴う付帯サービスを提供することで鉄道の売り上げ以上の利益が見込めるのではないか、というアイデアも貰った。


 「いや、ウサちゃん有難う。期待を大きく上回るマーケティング結果だぜ…」

 「なんだか照れるなぁ。」

 「いや、ウサちゃん、この仕事に向いてると思うぜ!」

 「そうだね、もう殺し合う勇者業もほとほと嫌になっていたところだし、この仕事はやりがいがあっていいよ。もともと人から話を聞いてどうするか決めるのは勇者の仕事の一部だったしね。」

 「さて、あとはこれをどのようにアピールするか、だな…」


 そのとき、ガタッと扉が開いて、台車に段ボール箱を乗せたクマイが入ってきた。スライムを商用バンから回収して連れてきたのだ。


 「キイキイ」

 「蕎麦湯が飲みたいんですね! 今もってくるから少し待っていてくださいね!」


 例によってスライムが好物の蕎麦湯をねだっている。その姿を眺めていて、おれはふと思う所があった。


 「これだ!!」


 プレゼンの決め手が見つかった!と思ったおれは、一気にパワーポイントを書き上げるとウサギに耳打ちし、最後の準備に入った。


  ………………………………………


 俺たちの準備も終わり、ローラ姫のウサギと、サマルトリア王のウサギのウサギを前にしたプレゼンが始まった。持ち込んだ小型発電機から引いた電力でプロジェクターを起動し、パワーポイントを使ったプレゼンが始まった。


 まず、クマイが「鉄道とは何か」から解説を始めた。


 「鉄道は、2本の鉄のレールの上に鉄の車輪をもった荷車をおいて牽引けんいんするものです。最初は馬車鉄道でしたが、のちに蒸気機関が発明されると蒸気による機械力で牽引けんいんするものに発展し、その後は内燃機関の発明によりディーゼル動力、モーターの発明により電力でも動かせるようになりました。」


 クマイは目を輝かせながら、大好きな鉄道の話を続ける。


 「ボクたちの住んでいる国では、1872年に新橋-横浜間に最初の鉄道が開業し、その後瞬く間に全国に鉄道網が張り巡らされ、大発展をすることになりました。戦後には1964年に東海道新幹線が開業し、東京-大阪間を3時間10分で結び、交通の大動脈になりました。さして、その後の技術の発展で、現代では2時間21分にまで短縮されています。このように、鉄道は短時間で大量のどうぶつや物を輸送し、社会を大きく発展させる力を持っています。」


 クマイの序論のあと、おれが発展の可能性についての話を始めた。


 「鉄道は、モノとヒトどうぶつの両方を、安全に効率よく、かつ大量に輸送できます。おれ達の世界でも、陸上交通の輸送力として鉄道に勝るものはありません。そして、重要な事は鉄道が開業することは、輸送以外の様々な副次効果を生むという事です。」


 おれは続ける。


 「まず、最も大きな柱の一つが沿線の宅地開発です。これによって人々どうぶつ達は家をもてるようになり、新しい都市が生まれ、新しいサービスが生まれてきます。まずは移動にともなう宿泊業とそれに付随する飲食業、もちろん不動産業も生まれ、そこに住む人々どうぶつ達のための小売業も生まれてきます。多くの人を移動させられることから工場などの労働集約型の産業も出来るようになりますし、そこで出来た商品を出荷するのにも鉄道は好都合です。もちろん工場から工場へ資材や半製品を輸送することで生産活動の大規模化、効率化が図られることになります。」


 ここまでで、前段の「鉄道とその開発効果」の概論が終わった。さっそく、ローラ姫のウサギから質問があった。


 「なんだか、いい事づくめに聞こえるけど、デメリットや懸念点はないの?」


おれは答えた。


 「まず、蒸気機関車が普及した時代には煙による煙害がありました。それから、大量に輸送するだけに事故が起これば甚大な被害が出ます。あと、開発によっておこるデメリットとしては環境の破壊や、いわゆる大都市が形成されることによる都市問題など、付随して出てくる問題は多々あります。」


クマイがフォローする。


 「ただ、現代の鉄道は過去の事故の反省を踏まえ、次々と安全装置が開発されています。それから、あとで説明しますが、ボクたちの鉄道は最初は高速化を狙わないで安全第一で運行します。最初はディーゼル駆動で初めて、いずれは電化することによってクリーンな交通手段を目指していきます。環境や都市の問題は、鉄道だけの問題では無いので、これは総合的な視点から調和のとれた開発をするしかありませんが…」


 「わかったわ、有難う。続けて。」


ここから、具体的な今回の計画の中身についての説明が始まっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る