第74話 吹雪

 サマルトリア王が夕方近くなってから外出すると聞いて、当然側近の者たちは止めに入った。「こんな時間から外出されては困ります!」「王様の御身おんみが一番です!」等々と説得するが、強引なサマルトリア王は「逆らうと投獄するぞ」などと恫喝して城を出てしまった。来てくれるのはいいが、どうもこういう人治国家的なやり方がおれは好きじゃないのだった。


 おれ達の商用バンのところまで来ると、スライムが出てきた。


 「キイキイ!!(おそい)」

 「今日はさんざん待たせて悪かったよ、でも、おかげでだいぶ話が進んだよ。」


 ウサギがスライムをなだめている。


 「なんじゃ! 既にモンスターがおるじゃないか!! 殺さんのか?」

 「恐れながら、先ほど申しあげたとおり、クマが既にモンスターと友好的な関係を作っていることがお分かりかと…」

 「なるほど…」


 ウサギはサマルトリア王もなだめている。どうもタヌキ覚醒したウサギをみていると、コイツはとんでもない営業マンになりそうだな、という予感がするのだった。おれはスライドドアを引くと、サマルトリア王に乗ってもらい、続いて後部ハッチを開けるとスライムに貨物室に座ってもらった。


 「場所が無くてな、すまん。」

 「キイキイ(承知)」


 貨物室にスライム、サマルトリア王の隣にウサギ、助手席にクマイを乗せて、おれはローレシアに向けて走り出した。


 「本当に日没までにつかなかったら、お前ら熊カレーだぞ。」

 「はいはい、わかったぜ。」


 安全運転の時速40㎞/hで走っても、余裕で日没までにローレシアに着く。


 「なんだかボク、珍しくイライラするんですが…」

 「おれもだぜ、だから後で…」


 おれたちは、クマにしか聞こえない小声で会話しながらローレシア城まで車を走らせた。途中でWi-Fi圏内に入ると、おれはクマイにこっそりLINEで連絡するように言った。


 程なく車はローレシア城につき、もちろん太陽は地平線上に十分に見える位置にあった。サマルトリア王のウサギはハイエースの衝撃的な速さに言葉を失っているようだった。


 「さて、約束通りに日没までに着いたから、ボクたちは熊カレーにならなくて済みますねぇ!」

 「そうだなぁ、おれ達は賭けに勝ったんだから、代わりにこいつには王カレーになってもらう事にするか…」

 「それは、美味しそうですねぇ!」


 おれとクマイは野生の牙をむき出しにすると、食事前の東山動植物園のシロクマ※1フブキのような飢えた眼をギラつかせながらサマルトリア王のウサギを見つめた。


 サマルトリア王が思わずスライドドアを開けて逃げ出すと、おれは叫んだ。


 「野郎ども! 逃がすな!」


 すかさず、クマイがLINEで呼び集めておいた作業着姿の骸骨アンデッドマンたちが10人ほど現れ、手にスコップやバールをもってサマルトリア王を追いかけ、みるみる内に取り押さえてしまった。


 「喰ったあとはお前らアンデッドマンの仲間になるからな、あまり手荒な事はするなよ。」


 アンデッドマンは「なあに、痛いのは最初だけですよ。死ぬのもいいもんです。」とか言いながらサマルトリア王に熊雲ゆううんを勧めている。何しろ死んでる奴が言うだけに説得力がある。サマルトリア王は線香を突きつけられながらガタガタ震えている。


 「クマイ! 得物えものをもってこい! 解体するぞ!」

 「わかりました!」

 「いや、※2せばわかる!」

 「問答無用です!」


 クマイが何やら物騒なものをもってきて、サマルトリア王につきつける。その凶器は、なんと…


 「ドッキリ大成功!」


 と書いてあるプラカードだった。


 力なくへたへたとへたり込むサマルトリア王を囲んで、おれ達とアンデッドマンが「ドッキリ成功! バンザーイ!」と叫んだ。最近では見られなくなった、昭和の香りが漂う情景の中、サマルトリア王はぼう然としていた。


 「なんだか、すみませんねぇ…」

 「お詫びに、本物の王カレーを進呈するぜ。」


 そう言っておれは、4種類の辛さのボンカレーゴールドをサマルトリア王に手渡した。


 「これは、確かに'78年から王選手がCMキャラクターを務めていた、ボンカレーゴールドだ…」


 相変わらず昭和の球界に詳しそうなサマルトリア王であった。態度がだいぶ気になったのでお灸は据えさせてもらったが、今度戻ったときは、お詫びにプロ野球チップスとか選手名鑑を買ってきてやったほうがいいかな、とおれは思った。


 「ちょっとやりすぎて済まなかった、だけど、あんまり専制パワハラを続けると反乱クーデターがおきて、カレーじゃ済まなくなるぜ…」

 「恐怖支配マキャベリズムは効果はありますが、やりすぎると身を滅ぼしますからねぇ、気を付けてくださいね。でも、怖がらせて申し訳ありませんでした。」


 ウサギは営業らしく、そつなくサマルトリア王の身なりを整え、ローレシアに入城する際の威厳を損なわないようにしている。再び商用バンに乗り込んだサマルトリア王に「丹沢の銘水」を渡して、少し落ちついてからウサギが言った。


 「王様、この度は大変失礼いたしました。ただ、これがクマの実力でございます。もちろんクマたちには商売以外の野心はありませんので、ご安心ください。」

 「出資してくれたら、ちゃんと利益は還元するからさ、何とか頼むぜ!」

 「ボンカレーゴールド、食べてみてください。美味しかったら沢山輸入しますからねぇ!」


 まだ若干不満そうなサマルトリア王だが、取りあえず暴言は吐かなくなった。狭い城内の鬱屈した環境で、このおっさんもあんな感じになっちゃったのかな、とおれは少し不憫ふびんに思い、王の威厳を損なわないように後に付き従う形でローレシア城へと入城した。





※1 フブキ:秋田県の男鹿水族館GAOで2020年12月に生まれたホッキョクグマ。2023年から愛知県の東山動植物園に移動。普段はおっとりしているが、バックヤードで与えられる食事の前にガッついている姿が一部シロクマファンの中では有名。


※2 昭和前期のクーデター未遂、五・一五事件の際に殺害された犬養首相と反乱将校との間で交わされた会話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る