第73話 貞治

 翌朝、再び歩き出した僕とスライムは、結構な時間をかけてサマルトリア城までついた。例によってスライムは草むらで隠れていてもらい、僕は城に入っていった。ローレシア城同様にあまり活気が無く、プラプラしているどうぶつがたくさん、街中をうろついてる。


 ふと見ると、新しく武器屋が開店している。リリザの武器屋はここらではうちだけと言っていたが、どうやら疎通がなくて新しく武器屋が出来ていることは知らないようだった。どうも移動が少ないせいでどの街も城も孤立している感じがした。


 「こんちは、まだゴールド貯まってないんだけどさ、品物見せてくれる?」


 冷やかしかよ、というような眼を向けつつも、狸の店主は商品を見せてくれた。


 「なんだか、あんまりいい武器や防具が無いねぇ…」

 「資材も入ってこないし、他の街で作ってる武器もないからね。」

 「そっか、もし仮に、他の街へ移動したり荷物を運ぶ手段があったらいいと思う?」

 「当たり前だよ! 物流も人流も止まっちゃって、せっかく新規開店したのに商売あがったりだよ。」


 例によって四方山よもやま話をしながら、僕はいろいろな人や店から情報を収集した。みんな狭い城の中だけで完結する世界に飽き飽きしていて、経済から人の気持から、本当にすべてが停滞しているように見える。


 ここでクマたちの言うように鉄道を通して、物流と人流を活性化させれば、この停滞したものが流れ出してなにか凄い作用が起こるのではないか、と僕は思った。


 そのあと、僕はこの城のあるじであるサマルトリア王のウサギに謁見した。


 「ほう、そのクマとやらがモンスターとの争いを止めつつあると…」

 「はい、しかも、何か異世界の技術を持ってきてどうぶつや物の流れを作ろうという計画も話しております…」

 「しかし、そいつらは異世界のクマの技術を持ってきて、この世界を支配しようとするのではないか?」

 「恐れながら、彼らはモンスターですら助けるという心の持ち主です。彼らの指導力なら、モンスターどもをゴールドで雇ってローレシアやサマルトリアを滅ぼすことなど、いとも簡単でしょう。しかし、彼らはそうはせずに、ひたすら技術を教えて仕事を作っております。お疑いであればサマルトリア王のウサギ様自ら、クマを呼んで拝謁はいえつさせてはどうでしょうか。」

 「なるほど…」

 「王様、恐れながら、ローラ姫のウサギはクマの会社カンパニーに出資なさる可能性が高いかと…、もし、そうなればこの地の利益は全てローレシアに独占されてしまいます。」

 「それはまずい、連絡がついたらそのクマとやらをここへ呼べ!」

 「御意ぎょい…」


 「なんか僕、腹黒くなったなぁ…」と、思いながらサマルトリア城を出て、スライムの待っている草陰へ向かった。


 「待たせたね! 悪かった!」

 「キイキイ(飽)」

 「ごめんごめん、ここからまたかなり歩くけど、ローレシアに帰ってクロイさんたちに結果を報告しよう!」


 その時、遠くに白い「トヨタ・ハイエース」が見えた。あれは「ショウヨウバン」という名前なのか、「トヨタ・ハイエース」という名前なのかいつも疑問に思っている。クロイさんたちは「ショウヨウバン」という時もあれば、「ハイエース」という時もあって混乱するのだ。


 とりあえず、「トヨタ・ハイエース」に向かって手を振ると、左右についているオレンジのライトがチカチカと光った。どうやら僕のことを認識したようだ。


 ハイエースはどんどん近づいてきて、僕たちの目前にゆっくりと停車すると、なかからクマイさんとクロイさんが出てきた。


 「工事の帰りに、もしかして会えるかと思って寄り道してみたんだ!」

 「歩かせちゃって申し訳ありませんでした! お城に帰りましょうねぇ!」

 「ちなみに、熊村さんはいい加減、家に帰れといって、今日は勇者の泉からキメラの翼で自宅に返したぜ。」


 ここで、僕はハッと気づいたのだった。


 「クロイさん、クマイさん、サマルトリア王に挨拶していかない?」


 ここで僕はクロイさんとクマイさんの耳に口を近づけるとヒソヒソとさっきの腹芸について喋った。


 「ウサギまでタヌキになったのかよ!」


 そう言って、二人はお腹を抱えてゲラゲラと笑った。僕は走ってサマルトリア王の間に行き、取り次いでもらって「丁度さっきのクマがきました!」と王様に報告した。一もにも無くすぐに呼べという事で、僕たちは再びサマルトリア王に拝謁することになった。


 「キイキイ!!(飽)」

 「ごめん、え? あまり無下むげにするとスライムの読者ファンが怒るって? モンスター初のメタ発言じゃんか!」


 ますます成長していくスライムを置いて、僕たちはサマルトリア王の間へと向かった。


 「初めまして、わたくし、生まれも育ちも神奈川丹沢です、宮ケ瀬みやがせダムで産湯を使い、名前はクロイ、人呼んで天然記念物のクマと発します。」

 「あ、ボクはホッキョクグマで技術者のクマイと申します。よろしくお願いいたします。」


 いきなり国民的映画、「ひぐまはつらいよ」のネタを挟んでくるクロイさんにサマルトリア王はあっけに取られてしまったようだ。


 「クマの世界の挨拶はずいぶん変わってるんだな…」

 「ま、まあそうですね…(汗)」


 クロイさんは出番が少ないと、すぐにネタで目立ちたがろうとするんだよな、と僕は心の中で毒づいた。


 「ところで、お前たちの考えている計画っていうのは、どういうものなんだ?」

 「うーん、まずは最初にローラ姫のウサギに説明すると約束したから、ここで先にサマルトリアのおっさんに説明するのはちょっと信義に反するなぁ。」

 「わしのことをおっさん呼ばわりとは… クマでなければ牢獄送りだぞ…」


 遠慮をしらないクロイさんの発言に、サマルトリア王はMK5マジギレする5秒前だ。


 「でも、今晩ボクたちがローラ姫のウサギさんに説明する予定でしたから、一緒に来ていただいたらどうですか? サマルトリアの王さん、いかがですか?」

 「王様と呼んでくれ、なんだか一本足打法で球界殿堂入りできそうな気がしてくるぞ。それはそれとして、今からローレシアなんかに行ったら、闇の中でモンスターに襲われてしまうぞ!! ウサギよ、やっぱりこいつらただのバカなんじゃないか?」


 半ギレのサマルトリア王のウサギを、このまま勢いにまかせて乗せてしまえ、と僕は決意した。


 「恐れながら、ショウヨウバンというものにお乗り頂ければ、日没前にローレシアに到着できるかと…」

 「まさか!!」

 「それが出来れば、王様もクマたちの実力をその眼で確認できるかと…」

 「なるほど… しかし、できなかったときは熊カレーにするぞ!!」


 クマイさんがクマにだけ聞こえるくらいの小声でボソっと言った。


 「人治国家は嫌ですねぇ…」

 「なんか、秋〇県とかいう王国でも、クマはどんどん撃ち殺せとか言う人治国家になりかかってるらしいぜ。」

 「そうですねぇ、あの知事バカ殿はクマから四国の食べ物じゃこ天までなんでも馬鹿にしてますからねぇ…」

 「バツとしてあいつは残りの人生、おでんは一生練り物抜きだ。」

 「それは、味気なさそうな人生です…」


 とりあえず勇者として信頼のある僕がなんとかその場をまとめて、サマルトリア王もローレシアの城まで同行してくれることになった。それにしても、なんでサマルトリア王は異世界のホームラン王※1王貞治の事を知ってるんだろう? という疑問が、まるで「※2うね、誕生石ならルビーなの」という言葉のように僕の心に渦巻くのだった。



※1 世界記録となるレギュラーシーズン通算本塁打868本を記録した読売巨人軍の名選手。後に読売巨人軍監督やダイエーホークス、日本代表の監督を務めた。


※2 1981年発売の寺尾聡さんの名曲、「ルビーの指輪」の一節。同曲は第23回日本レコード大賞を受賞し、第32回紅白歌合戦で歌唱された。

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