第72話 安全

 ウサギさんとスライムをおろした後、ボクとクロイさん、そして熊村さんはアンデッドマンのいる洞窟に行って声をかけた。


 「お~い! 始業時間だぜ!!」

 「今日も一日、無事故で頑張りましょうねぇ!!」

 「おはようございます!! ご安全に!!」


 中から「安全第一」と書かれた黄色いヘルメットをつけたアンデッドマンたちがぞろぞろと歩いて出てきた。ボクは例によって整列してもらい、ラジオ体操第一をやってから今日の作業内容と、安全講話で最近のヒヤリ・ハット事例を紹介した。


 熊村さんが、溝を掘るための小型トレンチャーを5台準備してくれたので、アンデッドマンに使い方を教えて割り振ることで、1日に2,400mの掘削能力を確保することができた。諸々の時間ロスを考えても5日あれば工事を終えることが出来る。


 トレンチャーは小型の手押しトラクターの前方に、チェーンソーを大きくしたような掘削刃がついている。これを回転させて必要な深さの溝を、人間が掘るよりも早く、そして最小限のサイズで掘ることが出来るのだ。掘った溝は埋め戻し、上に養生のための木材を置いていく。木材は焼いた上でタールを塗って腐食しないように工夫している。


 1kmごとに大木などを見つけ、樹上に屋外仕様のWi-Fiアクセスポイントを設置したので、そこからはもう現実世界へもインターネット電話が可能なのだった。クロイさんは、さっそくクロジさんに電話しているようだった。


 「おう! 一部だけどネット通じるようになってきたぜ!」

 「そうなんだ、で、今日は何をすればいいの?」

 「お見通しか! 悪いけど、中古のスマホを集めてくれないか?」

 「いいけど、何に使うの?」

 「ああ、作業員アンデッドマンたちの連絡用にな…」

 「わかった、取りあえず20~30台くらい集めてもってくよ。」

 「いつも済まない、手間賃は後で埋め合わせるよ。」


 そんな感じでクロイさんとクロジさんの会話は終わったが、どの時点でこの通信事業の元が取れて黒字化できるのかボクはちょっと不安に思っているのだった。


 いずれにしても工事はやり切らなければならず、ボクとしては工事で事故だけは起こしたくないので出来る限り現場を見回り、不安全なもの、不安全な行動を見つけたらとにかく改善をお願いしてきた。


 そんな中、工事現場に2人のスライムさんたちが突然現れたのだった。作業員アンデッドマンの一人が話を聞くと、どうやらボクたちクマに会いたいらしいのだ。


 「何の用かな?」

 「ウサギさんとスライムさんに何かあった、とかじゃないといいですねぇ…」


 とりあえず、ボクとクロイさんはスライムさんたちのところへ行くと、例によって爪を立てないように気を付けながらそっと手を触れた。


 話を聞いてみると、この2人はクロイさんが助けたスライムさんの両親だった、どうもスライムさんとウサギさんから話を聞いて、ボクたちにお礼を言いたいようだった。


 「礼には及ばないぜ、当然のことをしただけだよ。」

 「ボクも、誰かが困っていたら出来る限りの事はしたいと思っただけです。それに、ローラ姫のウサギさんが話をまとめてくれなかったら、手当てすることは無理だったと思いますよ。」


 ご両親は「まさか勇者と一緒に来るとは思わなかったし、勇者と一緒に旅に出たいなんて言うとは、青天の霹靂へきれきだ。」と言っていた。ボクたちも経緯を話して、最初は歴史的な経緯も含めてわだかまりもあったものの、今はうまくやっているんです、と説明した。


 いずれにしろご両親にはいたく感謝され、ボクたちもスライムさんの安全にはより一層気を付けなければいけないなと思った。


 「ウサギから貰ってるかもしれませんが、よかったら持っていってください。」


 クロイさんは例によって「丹沢の銘水」を渡した。こちらも、ご両親に喜ばれているようだ。


 「え、ウチの近くで販売所を作りたいから、卸してくれないかって? もちろんいいぜ、今のところ輸送力が限られてるから、この工事の周りでだったら、資材のついでに運搬してこれると思うぞ。」


 ご両親からの意外な提案に、クロイさんも思わぬところで販路が開けそうで喜んでいる。そんなクロイさんに、近くにいた作業員アンデッドマンが話しかけてきた。


 「そういうのアリなのかって? いや、もちろんアリだぜ。 え? 死んでるせいか身体が弱くて工事に向いてないし、パソコン作業も苦手だから熊雲ゆううんの販売員をやりたい? なるほど!」

 「なるほど、作業員さんむけのコンビニみたいな感じですねぇ!」

 「とりあえず、商用バン一台都合するからさ、スライムの親御さんと身体の弱い死人で、移動販売所やったらどうだ? 作業現場には休み時間に来てもらって、それ以外は地域を回って商品を売ってくれよ。」


 やっぱり人間モンスター、向き不向きがあるようで、自分にあった場所で働いてもらえるといいな、とボクは思った。


 「とりあえず、これまで工事した地点には1kmおきにWi-Fiスポットがあるから、そこを順に回ったらいいんじゃないかな? しばらくしたらクロジがスマホを調達してくるから、そこでスマホの契約もやって貰えればモンスターにスマホが売れるぜ!」

 「そのうち、KDDIウチで古くなって発展途上国に売る予定の4G基地局があるから、それを横流ししてもらいますよ。そうすれば通信範囲がグッと広がります。中古品として正規に買い取れば問題ないでしょう。」

 「熊村さん、ほんとに会社員にしておくのは惜しいぜ…」


 今日も一日、みんなが元気で安全に工事ができたらいいな、とボクは思った。そして、ウサギさんとスライムさんは今頃どうしてるかな…と思った。



※ヒヤリ・ハット:ヒヤリハットとは、「危ないこと、異常な事が起こったが、幸いにして事故に至らなかった事例」のことである。「ハインリッヒの法則」によれば、1回の大事故が起こる前には、29回の軽微な事故があり、その前には300回の事故未遂(ヒヤリハット)があると言われている。そのため、ヒヤリハットを集めて共有し、注意喚起をすることで事故を未然に防ごうという活動がなされている。ちなみに、ヒヤリハットとは「ヒヤッとした」り「ハッとしたり」することから命名されている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る