第71話 需要

 スライムのご両親と別れた僕は、スライムと一緒にリリザの街に向かうことにした。これまでは歩くのが普通だったので別に何とも思わなかったが、あのクロイさんたちが持っている「ケイトラ」とか「ショウヨウバン」という名前の乗り物はかなりの速度で移動できるので、それを考えると歩いていくのはかなりめんどくさい話だな、と思った。


 思い起こせば、クマ達の世界で乗った「ケイヒンキュウコウ」という乗り物はもっと早かったし、ものすごい人数の人が乗ることが出来ていた。確かにあんなものがあったらこの世界も便利になるだろうな…と僕は思った。


 「そういえば、クマイさん、ケイヒンキュウコウより更に早いトウカイドウシンカンセンとかいうものがあるって言ってたな…。」

 「キイキイ??」

 「いや、なんでも凄い速度で移動する乗り物で、中ですごく硬いアイスクリームが売ってるらしいんだ。あまりに硬いのでそれを食べてるうちに百キロくらい軽く移動するってクマイさんが言ってたよ!! 最近販売しなくなったらしいけど…」

 「キイキイ!」

 「『ウサギも小ネタを挟むんだな』って!? おまえ、知らない間にメタ発言まで身につけたのかよ!!」


 成長著しいスライムに若干あきれながら、僕はリリザの街を目指した。本当はクマイさんは本当は「軌道幅」がいくつで、「高出力モーター」がどうこう、「給電電圧」がなんとかで、「カーブの曲率半径」がどうこうで「最高時速」が、とか言っていたのだが、僕は「めちゃくちゃ硬いアイスクリームを食べている間にものすごい距離を移動する」という事しか記憶に残っていなかった。


 とか、なんとか言っている間にリリザの街につくのがクマ達の世界の乗り物だが、徒歩で移動するこの世界はそう簡単には隣町につかないのだ。暑いのでときどき休憩をとって、「丹沢の銘水」で水分補給しながら進むことになる。特にスライムは水分が不足すると命にかかわるので、時々様子を見たり、木陰で休んだりしながらリリザの街を目指した。


 「ゆうれいが、あらわれた!!」


 モンスターのゆうれいが現れ、やつは大きな鎌を振りかざして戦う気十分といった感じでいる。例によって戦闘のテーマが流れたが、何となく僕は戦闘をする気になれなかった。


 「なあ、ここに「丹沢の銘水」ってのがあるんだけど、飲まない?」


 ゆうれいは拍子抜けしたような顔をしたが、死んでるから飲まないと言った。


 「そう言えばそうだよね、じゃあ、最近アンデッドマン界隈で大流行おおはやりの、熊雲ゆううんはどう?」


 お線香の熊雲ゆううんスタンダードに火をつけて差し出すと興味深そうに見ているので、試しに煙を吸ってみるよう勧めてみた。


 「え、気分が落ち着くって? それは良かった! もし、ひと箱5ゴールドで買ってくれたら、サンプルもあげるよ!」


 ゆうれいは納得したようで、5ゴールドを払って熊雲ゆううんとかなりの数のサンプルを受け取っていった。知り合いのゆうれいにも渡してもらえるようにお願いすると、僕はゆうれいと握手して別れた。サンプルや商品を渡すと、荷物も軽くなるしいい事が多いな、と僕は思った。


 「キイキイ!」

 「ウサギもだいぶ変わったって? 確かにそうかもね。殺してゴールド奪うより、商品売った方が気分がいいよね。」


 こうして行商を続けながら僕たちはリリザの街に近づいた。住民がどういう反応をするか分からないので、近くの草むらにスライムを隠れさせて、街へは僕一人で入っていった。


 僕は知り合いの武器屋に行ってみることにした。じっとしてればいいのに、店内を常同行動して話しかけづらい武器屋である。


 「ここは、ぶきと、ぼうぐをうる、おみせだ。うっているものを、みるかね?」


 なんで常連なのにいつも何の店か説明されるんだろう? という疑問を今日も感じながら、僕はニホンカモシカの店主に話をもちかけた。


 「例えばの話なんだけどさ、ローレシアとか、サマルトリアに行くこととか、なにか商品を運ぶことに興味ある?」

 「そりゃあるよ! ここらで武器屋はうちだけだから、ローレシアやサマルトリアに出店できれば確実に売れるだろうし、商品だけじゃなくて原材料も欲しいんだよなぁ。」

 「たとえば、仮に自分で安全に早く移動できる手段があるとして、コストが幾らくらいならいいと思う?」

 「外はモンスターだらけで安全な手段なんか無いけどさ、歩いて行って宿屋に泊まるだけでも、なんだかんだ20ゴールドはかかるよな。その日は仕事出来ないわけだから、日帰りで行って帰れるなら50ゴールドくらい払ってもおつりがくると思うよ。」


 これは、けっこういい値段取れるかもしれないな…と、僕は思った。そして、今の情勢を踏まえて武器屋にはこういった。


 「なんか、噂では竜王が失踪してモンスター達が混乱してるらしくて、もう武器は売れないかもしれないよ。包丁とか台車とか、技術を生かして民生品に転業も考えていった方がいいと思うよ。」

 「ウサギさん、それ、どこ情報よ?」

 「う、うん、なんか、サマルトリアのほうでそういう噂がね!」


 まさか異世界で自分がクマの助けを借りて倒したともいえない。リリザでは移動需要は旺盛なようで、行けるものなら色々なところに行きたいという要望は多かった。


 宿屋に行くと、狸の主人がいて、れいによって何度も泊まってるのにここが旅の宿屋であると説明してくれた。看板まで上がってるのに、いちいち説明するフロントマンはあまり聞いたことが無い。


 「…まあ、当然宿の親父さんも仮にそんなものが出来たら大繁盛だよね!」

 「そりゃそうだよ! ただ、飯はどうするんだろうなぁ? うちは素泊まりしか提供してないし、ついぞこの世界で食い物屋を見たことが無いんだが。」

 「そう言えばそうだね! これは盲点だったなあ。」


 人が移動すれば、当然生活がついて回るので、食事や入浴など日常生活に必要な付帯サービスの需要も出てくるのだ。この辺もしっかりと調査して行こうと思った。そもそも、勇者業というのは街の人から情報を取ってなんぼ、という側面もある。


 いくら戦闘に強くても、行きたい場所への行き方、次に何をするかを街の人から聞きだす事でシナリオを先に進めることが出来るのだ。マーケティングリサーチの仕事は、意外と僕に向いてるのかもしれないな、と思った。


 ひととおり話を聞き終わった僕はスライムのところへ戻り、今夜はスライムと一緒に野宿して、あらためて明日サマルトリアへ向かうことにした。





 

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