第69話 本音

 今日で終了の臨時代用監獄に戻ると、おれはスライムに言った。


 「いま、ローラ姫のウサギと話してきたぜ! もう回復してきたことだし、監獄に閉じ込めておく必要も無いから、解放するそうだ。明日の夜明けに出発して、もとの森に帰れるぞ!」

 「キイキイー!!(嫌)」

 「え?」

 「おうちに、帰りたくないんですか?」


 スライムの意外な反応に、おれとクマイは顔を見合わせた。とりあえず、何が理由なのか知りたくて、おれとクマイはそっとスライムに手を触れた。


 「ミンナト、イッショニイタイ。」

 「おれ達と、ってことか?」

 「ソウ!」


 短い期間だったが、一生懸命スライムを守ったり、治療したりとおれ達なりに頑張ったことが、いつのまにかスライムとの絆を作り上げていたらしい。


 「そう言われると、嬉しいやら困るやら、どうしましょうねぇ。」

 「ああ、姫は城に居てくれないほうがいい、って言ってるしな。」


 おれ達が板挟みになって悩んでいると、ウサギが突然声をあげた。


 「明日から需要調査の旅にでるからさ、しばらくは僕と一緒に旅すればいいよ。まあ、数日したら戻ってくるわけだけど、その時はその時で、改めて考えようよ。とりあえずしばらくの間、城内に居なければ姫もスライムがいなくなったものだと思うだろ?」

 「その場しのぎだけど、今はそれしかねえな。」

 「キイキイ(喜)」

 「ただ、旅の途中で一度親御さんのところへ行って、元気な顔をみせて、安心させてあげてくださいね。」

 「わかった、僕が連れて行くよ。」

 「じゃあ、ついでに「丹沢の銘水」のサンプルを親御さんにわたしてくれ。チャンスがあったら感想とかも頼むぜ。」

 「わかった。」


 ウサギには申し訳ないが、今回の旅では鉄道てつどうの需要調査だけではなく、鎌倉ツキノワ企画の商品のマーケティングもしてもらうつもりだ。アンデッドマンやドラキーたちの給料も稼がないといけないし、基金が出来るまではまだ時間がかかるだろう。少しでも商品を売れるようにして、工事費用を稼がなければならない。


 「じゃあ、明日は早いから、僕は先に寝るね!スライム!行こう!」

 「キイキイ」


 ウサギたちは一足先に寝室へと入っていった。


 「熊村さん、今日は帰らないんですか?」

 「今から帰っても、5時起きで7時にここへ来ないといけないでしょ。だったらここに泊まった方がいいです。まあ、工事屋なんでそういうパターンの生活は多いんですよ。」

 「なんだか、ご家族に申し訳ないですねぇ。」

 「家族には勇者の泉から電話で連絡してあります。まあ、もう少し作業員モンスターたちが成長してくれれば、ほとんどの作業を任せて私は早く帰れるようになると思いますから。」

 「まあ、たまには栄養剤でも飲んでゆっくりしようぜ。」


 そういうと、おれは秘蔵の「熊吟醸」を取り出した。


 「おおっ!」

 「いいですねぇ!」

 「この間、クマイが買ってきてくれた干物を焼こうぜ!」


 おれはベランダへ出て七輪を取り出すと、炭をくべた。こういうとき、着火に時間がかかるところが逆に良かったりする。クマイが買ってきてくれた鯵の干物、鯖の一夜干し、イワシの丸干しなどを網焼きにする。


 「脂がのってますねぇ!」

 「美味いぜ…」

 「熊吟醸と合うなぁ…」


軽く酔ったせいか、クマイが本音をポツリと言った。


 「ボク、ほんとはスライムさんが帰りたくないって言ってくれて、安心したんですよ。よかったな、これからも一緒にいられるな、って思ったんです。」

 「もと居た場所に帰そう、って言い出したのはクマイじゃねえか… なんでそんなこと、自分から言い出したんだよ。」

 「クロイさん、逆の立場で考えてください。スライムさんだって、親御さんや家族、お友達がいると思うんです。その人たちの立場からしたら、ボクたちは誘拐犯とか、某真理教みたいな、信者を拉致監禁してる集団と同じですよ。」

 「うっ! たしかに、そういう事になるよなぁ。」

 「実際はどうであれ、形式上であってもボクたちはスライムさんを監獄に監禁していたのは事実ですから、そういう状態は早く解消しないといけないと思ったんですよ!」

 「確かに、クマイの言うとおりだと思う。おれは助けてる、って事しか考えてなかった。」

 「でも、スライムさんが自由意思でボクたちと一緒に居たいと思ってくれて、スライムさんが帰りたいときに自由にご家族に会いに行ける形なら話は別ですよ。そういう形にするためにも、監獄という建前は早く解消したかったんです。」


 じっと話を聞いていた熊村さんがポツリと言った。


 「クマイさん、私が思った通りだったよ。あんた、クールでシャイそうに見せてるけど、本当はすごく熱量の多いクマなんだな。」

 「なんだか、照れますねぇ…」

 「熊村さん、クマイはクールなんじゃなくて理屈が先に立つんだよ。シャイそうに見せてるというよりも本当にシャイなんだよ。」

 「クロイさん、たまには褒めてくださいよ。」


 クマイは、理性が強い。自分の感情とはべつに、理屈で「こうあるべき」というあり方をしっかりと持っている。モンスター側から見て、スライムを拉致監禁しているという形になれば、いずれ争いが起こるのは避けられない。そのためには早めにこの状態を解消しておこうというクマイの判断は正しい、おれは思った。


 「なんだよ~、僕に内緒で楽しそうな事してるじゃない!」

 「キイキイ」


 その時、ガチャリと扉が開く音がして、奥の寝室からウサギとスライムが出てきた。


 「お前ら、寝たんじゃねえのかよ?」

 「寝てるのに酒盛りして起こしたのはどっちだよ!」

 「あ、すみませんでした。」

 「じゃあ、お詫びしてもらうためにも、僕も一杯よばれようかな。」

 「キイキイ」

 「スライムさんは日本酒の水割りにしましょうねぇ。」


 クマイがホステスモードに入ってきた。こいつはもともと世話焼きだが、酒が入ると鉄道唱歌と鉄道替え歌を歌いまくる鉄道モードに入るか、酔っぱらいながら世話を焼くホステスモードに入るかのパターンがある。今日は後者のようだ。


 なんだか、今日はうまい酒が飲めそうだな… と、おれは思った。





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