第67話 自己

 「自己実現、か…」


 夜も遅くなってベッドに入ったボクはひとちた。クロイさんに言われて、改めてボク自身の本当にやりたいこと、心の底から湧き上がって来るような思いって何なんだろう?


 小さいとき、おじいさんと一緒にシベリア鉄道を眺めにいったこと、もう亡くなってしまったおじいさんが日本製の鉄道のおもちゃ、「プラレール」を買ってくれたこと。そんなことがきっかけで、物心ついたときからずっと鉄道てつどうが好きだったから、理由なんて考えたことがなかった。


 鉄道てつどうがすきなのが自分であって、それはもうボクの一部だから理由なんてわからない。ただ、物やどうぶつが移動することで、その先で新しい何かが生まれていくことが好きなのかもしれない。鉄道てつどうが通れば街が出来て、駅前にはお店が出来て、その周りに住宅地が出来る。生活がひろがってゆく。


 もちろん、物事には悪い面もあるから自然が切り開かれてしまったり、事故がおこれば命が失われてしまう事もある。ただ、そういった事を出来るだけ少なくして、調和のとれた開発をすることも可能なはずだ。


 理屈は理屈として、ボクって何なんだろう、ボクの無意識って何なんだろう、どうやれば無意識と繋がれるのだろう。クロイさんがやってるみたいに、座禅でも組めばわかるのだろうか。


 そして、ボクのなかには変化を怖がるボクがいる。「鉄道てつどう経営なんて、大それたことをやらずに、平凡に生きていく方が安全だよ。」そう言っているように思う。それはそれで、間違ってはいないと思うのだ。


 葛藤でなんだか涙が出てくる。この世界に来て、レールで異世界移動をするアイデアを思い付いた時から、ずっとこの計画について考えてきた。できるだけ現実的に、低コストで、安全なやり方は無いかずっと考えてきた。でもボクは所詮は素人、資金力だってない、こんなの、良く言えば思考実験、悪く言えば妄想にすぎないと自分に言い聞かせてきた。


 それが、ローラ姫から資金調達する可能性が生まれてきて、グッと話が現実味を帯びてきた。もちろん、姫が計画を一蹴して終わり、の可能性だって十分ある。でも、もし計画が通ってしまったら本当に予算が組まれ、レールやモーターカーを買ってきて鉄道建設がはじまってしまうのだ。そうすれば、もう後戻りはできない。


 もし、予期せぬ事故が起こったら…、もし、思ったほどお客さんが乗ってくれなかったら、そんなことを考えたら恐ろしくなる。一方で、本当に自分たちの事業が成功して、この世界がもっと活性化して、住民たちやモンスター達に喜んでもらえるようになったら、それは本当に素晴らしい事だ。


 葛藤で、ポロポロ、ポロポロと涙が出てくる。


 ボクは眠った。そして、夢の中にいた。


 ボクはロシアの実家にいるのだ。リビングで、一人ぼっちでテレビをみていると、大好きなおじいさんが帰ってきた。ボクはおじいさんに飛びつく。おじいさんは、ボクに「プラレール」のセットを買ってきてくれた。蒸気機関車と客車、貨物車などがついている。


 ボクは大喜びで箱を開けると、レールを引き始めた。おじいさんも一緒にレールをひいてくれた。不思議な事に、箱の中からは取っても取ってもレールがなくならない。どんどんレールが出てくるのだ。おじいさんとボクは部屋いっぱいにレールを引き詰めてしまった。


 ボクとおじいさんは列車を走らせて遊ぶ。列車は駅にとまり、鉄橋をこえ、トンネルをくぐり、どんどん、どんどん進んでいく。ずっと列車を見つめているうちに、なぜかプラレールがどんどん大きくなってくる。どんどん大きくなって、しまいには本当の列車になってしまった。


 そして、周囲は駅になっていた。ボクはそのまま、大きくなった列車にのりこんでいった。誰もいないボックス席に腰掛けていると、列車がうごきだした。窓の外をみると、おじいさんが笑顔で手を振っている。ボクはおじいさんと離れるのが嫌で泣いてしまう。でも、列車はどんどんすすんでいく。もう駅が見えなくなる。ボクは悲しくて悲しくて泣きじゃくっている。


 ボックス席に誰かが来て座り、ボクにハンカチを貸してくれた。ボクは涙をふいてお礼を言い、その人の顔を見ると、そこにはよく知っているツキノワグマが笑顔で座っていた。そう、クロイさんだったのだ。


 クロイさんはボクを慰めてくれて、ボクはだんだん心が落ち着いてくる。列車はどんどん進み、次の街が見えてくる。すごく発展した街で、周りにはたくさんのビルも、緑地も、住宅もある、すごくきれいな街だ。そして、列車はその街に停車する…


 ここで、ボクはハッと目が覚めた。


 夢の中で沢山泣いたせいか、ボクの枕はぐっしょりと濡れていた。以前におじいさんの夢を見た時は、おじいさんが亡くなった悲しみを思い出して泣いてしまったが、不思議と今日はスッキリとしていた。


 喉が渇いたボクは、沸かしてあった麦茶をコップに注いで飲み干した。すこし窓の外を眺めていると、誰かがむくりと起き上がった。


 「なんだ、クマイ、起きてるのか。」

 「あ、クロイさん。なんだか夢をみちゃいまして。」

 「どんな夢だったんだ?」


 ボクはさっきみた夢の話をクロイさんにした。


 「前向きに、プロジェクト進めてみたらどうだ、って意味じゃねえかな?」

 「なんとなく、そんな気がするんですよねぇ…」

 「そうそう、ユングって言う心理学者が、夢は無意識からのメッセージ、無意識的な心の活動が表現されるものだ、って言ってるそうだぜ。」


 そうか、ボクの無意識は、大きな列車を走らせたがっているのか… そして、おじいさんは走り出したボクを笑顔で見送ってくれていた。すごく喜んでるみたいだった。そして、列車の中ではボクは一人じゃなかった、クロイさんがいっしょにいてくれた。クロイさんといっしょになら、前へ進めるんじゃないかなって、そんな思いが胸をよぎった。


 「なんだか、竜王さんと戦っていたのが、ずいぶん前の事のような気がします。」

 「いろんなこと、あったからな…」

 「これからも、いろんなことがあるんでしょうね。」

 「犬が吠え、風が伝える。それでも列車は進む、って言うじゃねえか。」

 「それ、本当は幌馬車隊キャラバンですよね。」

 「ああ、バレたか。」

 「ロシアのことわざですから。いろんな事があるけど、結局前へすすむしか、無いんですよね。」

 「そう、列車も幌馬車隊キャラバンも留まっていたら仕方ないんだ。」


 「それでも、列車は進む。」その言葉を、ボクはこころのなかで繰り返した。そう、前へ進むこと、変わっていくことは、避けられないんだ。前へ進むしか無いんだ、いつまでも、留まっていることはできないんだ。そう思った。


 子供のころ、ボクは進級するのが嫌いだった。クラス替えがあって、せっかくできた友達とクラスが別になったり、それでいて嫌な奴とは同じクラスになったり、嫌いな先生が担任になったり、変化する事って、本当に怖かったのだ。


 大人になって、そんな怖さにも慣れてきたけど、自分で鉄道てつどうを創るという大きな大きな変化を目の前にして、そんな怖さがぶり返したのかもしれないな、と思った。


 「それでも、列車は進む。」


 ボクは、その言葉を、もういちど胸のなかで繰り返した。

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