第66話 葛藤

 夕方の陽ざしの中、おれは軽トラの助手席に熊村さんを乗せて、勇者の泉まで向かっていた。車中、熊村さんとおれは雑談していたが、話は自然とクマイの事になる。


 「クロイさん、クマイさんって…、あの方、いいクマですね。夢をしっかりともっていて、それでいてしっかりと現実も見つめている。そして、あらわには出さないけど、すごい情熱を内に秘めてる感じがします…」

 「ああ、それでいてとびきり優しいんだ、あいつは。」

 「クロイさんと仲がいい理由が、なんとなくわかる気がします。」


 夕日を浴びて軽トラを運転する中、おれはなぜか涙で目がにじむのを感じて、安全のために速度を落として涙をぬぐった。おれは何で縁もゆかりも無いこの異世界のために頑張ろうと思ってるんだろう。何がおれを突き動かすのだろう。そんな、答えの出ない疑問が心の中でザワつくのだった。


 「社会に出ると、みんな心に鎧を着けるじゃないですか。弱みを見せたくないとか、虚勢を張ってみたりとか、自分を大きく見せようとか。クマイさんを見ていたら、ああやって素直に泣けるんだなあ、と思いましたよ。それも同情をひきたいとか、自分を有利にしようという涙じゃないです。自分の心を素直に出せて、いい意味で鎧をつけてない、そんなクマなんですね。」

 「そうだなぁ、本当は鎧なんていらない関係が一番なのかもしれねえよな。」


 「私もこんなにワクワクしたのは久しぶりです。やったことが無いプロジェクトだからこそ、熱くなる気持ちもあります。クマイさんとも仕事してみたいと思いましたね。」

 「熊村さんに協力してもらえて、本当に有り難いぜ… 技術の面だけじゃなくて、情熱も共有してもらえるからな。クマイはいいやつだ。おれが保障します。」


 勇者の泉に近づくと、一群の死人が集まっているのが見えた。奴らはおれの軽トラが近づくのを見ると整列した。


 「熊村さん、あれがおれが集めたとびきり連中ですよ。」

 「さっきから気になってるんですが、ってどういう事です?」

 「文字通り、死んでるんだよ。」

 「??」


 軽トラをとめて、勇者の泉の前でおれと熊村さんは軽トラから降りた。ざっとみわたして、30名はいるだろう。


 「おう、有難う!今回の通信ケーブル工事を監督する熊村さんを紹介するぜ!よろしくな! え、こちらこそよろしくだって、うんうん。」


 骸骨アンデッドマンが喋っているのを見て、熊村さんはなるほど確かに死んでる、と納得していた。


 「死んでるとは思えないほどしっかりした人たちですね。」

 「穴掘りだけじゃつまらないから、いろいろ教えてくれって言ってるぜ。」

 「もちろん、測量もしなければいけないし、ルート選定作業、掘削、埋め戻しはもちろん、その上の養生、いろんなノウハウがあるから頑張って勉強してください。」

 「費のためだけに働くのはつまらない、と言ってる。」

 「死んでてもやりがいを求めてるんですね!」


 作業員と熊村さんの顔合わせも無事終わり、熊村さんは帰宅することになった。おれも和田サンに挨拶しようと思い、いったん現実世界まで戻ることにした。


 「ところでクロイさん、このロープ、手すりか何かにしたらどうでしょうかね。」

 「確かに、頻繁に行き来するなら強度があるほうがいいよな。」

 「しかし、きょう家に帰って「パパ、今日異世界に行ってきたんだぞ!」とか言えないのが辛いところですね、ははは。」

 「まあ、言っても冗談だと思われると思うぜ!」


 そんな話をしながらおれ達は相変わらずヌルっと現実世界に戻ってきた。


 「和田さん、ちょっと戻ってきたぜ!」

 「元気そうじゃの、ところで、少し前にわしのことカタカナ表記しなかった?」

 「これがクマイの言ってたモノローグを読まれるって奴か… いや、そんな事より向こうの世界でソバが見つかったんだけど、粉ひきが出来なくてさ、石臼とか無い?」

 「石臼なら、神社の裏に江戸時代後期くらいに使ってた奴が転がってるとおもうぞ。ただ、この辺は農家が多いから、家電量販店で電動粉ひき器とか売ってるんじゃないか?」

 「相変わらず事情通で助かります。」


 車で帰宅する熊村さんに便乗して、ショッピングモールまで移動したおれは、粉ひき器や調理器具など必要そうなものをひととおり揃え、タクシーで神社まで帰った。「こんど異世界そばをご馳走しますよ!」などと和田さんに挨拶してから、おれは再び異世界へと戻ることにした。


 と、その前に、そろそろ異世界での移動手段も足りなくなってきたし、工事の移動でアンデッドマンたちを運ぶ必要も出てくるので、何台か商用バンがあった方がいいな、とおれは思った。


 そこで、クロジに電話して、安い中古車で商用バンを3台ほど確保してくれるようお願いし、ほかにやり残したことが無いかどうか考えてから再び異世界に戻った。


 軽トラを運転してローレシア城に戻ると、クマイがパソコンに向かって一生懸命資料を作っていた。


 「おう、明日にでもプレゼンしなきゃいけないって訳じゃないんだから、あんまり根をつめるなよ!」

 「そうですね… やり始めたら、つい夢中になってしまいました。」

 「確かに、新しい事業を始めようって思う時、ワクワクすると同時に怖い気持ちがあったりするよな…」

 「そうなんです。夢って叶わないからずっと夢なんですよね。叶ってしまったら、もうそれは夢では無いんですよ。」

 「でも、課題を乗り越えたら次の夢や希望が待ってる、必ず待ってるとおれはおもうぜ。今回のプロジェクトは、おれたちの自己実現のはじまりかもしれないよな。」

 「自己実現?」


 「「自己」ってのは、自分の意識の範囲「自我」だけじゃなく、無意識の領域もふくむ「自分という存在の中心」の事をいうんだ。だから、心の底から湧き上がって来るような「おれはこうやって生きたい」っていう希望を実現していくことが、「自己実現」なんだぜ。」

 「ボクたちの、心の底から湧き上がって来るような希望…」

 「でも、簡単な事じゃないから葛藤かっとうがあるし、葛藤かっとうをのりこえるからこそ、自己実現って素晴らしい事なんじゃねえのかな…」


 静かに聞いていたウサギがボソッと言った。


 「僕の「心の底から湧き上がって来るような希望」ってなんだろうな…」

 「真剣に生きていれば、かならずどっかで湧いてくるぜ。無理に考え出すようなもんじゃないからな。」



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