第65話 現実

 ボクは前から密かに自分の中で考えていた計画を、ここで説明することにした。コストが大きすぎるから言うのを躊躇ちゅうちょしていたのだ。もしできればメリットは大きいが、失敗すれば膨大ぼうだいな負債をかかえる、そして工事も簡単ではないことはボクが一番わかっている。


 「まず、ドラクエ界とボクたちの世界を移動するには、何か双方の世界にまたがる連続体を媒介するのが一番です。レールは長さのある連続体ですから、その上を移動する鉄道は異世界間の往来に最適だと考えました。」

 「なるほどな。」

 「そして、輸送力の点からも鉄道は軽トラの比では無いですし、船舶以外の何よりも大量に低コストで運ぶことが出来ます。」


 ボクは、以前に「何かいいアイデアが無いかなぁ。」と思って以来、ずっと思い付いたことをノートに書いていた。考えなければいけない課題なども書いて、自分なりに調べものをしたりもしていた。


 「最大の課題は、ボクたちの世界の側にある程度の用地が必要な事です。和田サンの神社の近くに用地を確保できて、秘密を守る工夫ができるかどうかが最大のネックだと思っています。」

 「できない理由は幾らでもあるからさ、まずはできる可能性を探そうぜ。誰でもできることをやってても絶対に儲からないからな。ただ、本当に不可能な事もあるから、実行に当たっては現実性を重視しないとダメだけどな。」

 「はい、クロイさん。現実世界側の課題は資金と法令だと思います。ドラクエ世界側の課題は、逆に法令が無いので安全をどう確保するかだと思います。」


 ボクの考えた計画はこうだ。


 まず、現実世界側は何かの名目で細長い工場か倉庫のような建物を作り、そこを現実世界側の駅にしてしまう。そして、古い保線用の機関車、「モーターカー」を買ってきて動力に使い、客車や貨車を牽引けんいんする。モーターカーは速度制限があるが「動力車運転免許」が必要無いため、現実世界側の法令にも引っかからない。そして完全私有地なら特に法律上の問題も無いはずだ。当面は一編成での運用に限って往復させれば衝突事故の可能性はかなり低減できる。鉄道会社のイベントなどで来客を乗せて走る事もあるので、乗客を乗せても敷地内で低速であれば問題ないだろう。現実世界側の敷地は最低限にして、特に土地の買収が必要ない異世界側に車両基地や整備工場を配置し、ローレシア城まで鉄道をひく。


 問題は、ボクは鉄道の知識はあっても実務経験が無いことだ。車両整備や保線、運行管理などには、現実世界から経験のある人を雇ってこないといけないと考えている。


 以上のようなことを、クロイさんたちに提案した。なぜか、一生懸命自分で考えたことを一生懸命みんなに説明すると、ポロポロと涙がこぼれてきた。


 「クマイ?どうしたんだ?」

 「すみません。実は、自分の鉄道てつどうが持てたらいいな、っていうのはボクの長年の絶対叶わないだろうと思っていた夢なんです。今回も、自分だけのお金じゃとてもそんなことできないし、技術だってボクは実務経験がないし、このアイデアを言おうか言うまいか悩んでいたんです。それで、思い切って喋っていたらなんだか感極まってしまって…」


 「いい提案だと思うぜ。始めて見ないと課題はわからない部分もある。資金が一番の問題だから、とりあえずある程度の構想をパワーポイントにまとめて、ローラ姫にプレゼンしようと思う。」

 「技術面はボクが作るとして、事業計画はクロイさんが作ってください。」


 「うん、おれはこの世界から現実世界に直接ゴールドを持ちだす事は出来る限り最小限に留めたいと思ってるんだ。」

 「何でですか?」

 「幕末の日本や、同じ時代の清国しんこく(いまの中国)は貿易やアヘン密売なんかでおもにイギリスを中心とした西洋諸国に金銀が流出して、その結果としてどちらも混乱し国が荒廃したんだ。おれはこの世界をそんな風にはしたくない。金儲けはしたいけど、搾取さくしゅはしたくないんだよ。」

 「そういう事も、きちんとローラ姫に伝えないといけないですねぇ。」

 「だから、どんぐりとかソバとかヤマイモとか、この世界で採れるものを現実世界に持ち出して売ることで、現実世界側の収益を得ようと思っている。異世界側では運賃と、あと鉄道を通じた沿線開発で利益が出せないかなと思ってるんだ。」


 しばらく聞いていた熊村さんが発言した。


 「そういう事なら、住民たちにスマホをリースする際に、現実世界側との通信は閉じた方がいいかもしれないですね。現実世界の情報をいきなり住民に流入させたら何が起こるか分からない不安を感じます。」

 「たしかにそうだな。」


 いろいろな意見を吸収したクロイさんは、とりあえず今日の会議はある程度で打ち切って、明日また色々考えよう、と言った。


 「熊村さん、子供さんに早く帰るって約束したんだろ? 軽トラで送るから準備してくれ。」

 「あ、お気遣い頂きありがとうございます。」

 「せっかく早く帰れるなら、そのほうがいいですねぇ。ボクは城に残って資料作成とかアイデア出しを行います。」

 「おう!よろしく頼むぜ!」


 クロイさんたちが出かけた後、ボクは部屋でパワーポイント相手に構想をスライドに書き出していたが、まだ心は落ち着かなかった。夢が叶いそうになる事って、こんなに「怖い」んだと初めて分かった。今までは趣味というか、妄想というか、こんなことできたら楽しいだろうな、という空想だった。しかし、実際にやるとなれば課題は山ほどあるし、失敗したら大赤字になってしまうかもしれない、事故を起こしたら命が失われてしまうかもしれないのだ。


 夢が現実になりそうなとき、圧倒的な現実の怖さが襲ってくる。前に進めたいボクと、今のまま安定していれば良いじゃないかというボクが心の中で争っている。そんなザワつく心を抱えながらボクはノートパソコンにむかってひたすら文字とイラストを打ち込んでいくのだった。

 

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