第63話 定額

 昼飯を食って麦茶を飲みながら食休みをとったおれたちは、昨日電話をして見積もり依頼をしていたクマ電信電話移動通信KDDIの熊村係長が来る約束をしているため、いったん神社へ戻らなければならない。


 熊村氏には神社の近くで工事をするとだけ伝えてあるので、いったん現実世界で彼を迎え、適当に誤魔化して異世界へ連れてくるつもりだった。騙すようで申し訳ないが、異世界へ見積りに来てくれといっても冗談かしくは気が狂ったと思われて終わりだろう。


 おれ達は今回は洞窟まで歩いていくことにした。洞窟までは時速4㎞の普通の速度であるいて2時間弱、よって8㎞あれば十分だとクマイは判断したのだろう。洞窟までの間には超えられない山岳地帯があるので、少し西側から森林地帯を入り込んで回り込むことになる。


 「そういえば、あの洞窟は何か名前があるんですか?」

 「あれは、勇者の泉っていう洞窟だよ。」

 「なにか由緒ありそうな洞窟ですねぇ。」

 「以前は導師のアナグマのおじいさんがいて、新しい勇者が冒険に出かける前に洗礼をしてくれたんだよね!」

 「と、いう事は今はやってねえんだな?」

 「導師の息子さんが継ぎたくないって言って、本人は引退しちゃったから今はただの洞窟になってるんだよ。」

 「そりゃあ、あの洞窟でひとりでずっと勇者を待つ仕事は嫌でしょうねぇ。」

 「こうして伝統は廃れていくんだな…」


 などと泉にまつわる話をウサギに聞きながら森林を抜け、橋を渡って噂の洞窟へと向かった。姫がくれた許可証があるので、例によっておれたちはスライムを段ボールに詰めて城外へ連れ出したのだった。


 夜か明け方にしろと言われているが、趣旨は住民に見つかるなという意味なので、見つからなければいいとおれは勝手に訓令を解釈し、それにそって実行している。クマイも医官として「スライムさんの健康を保つには日中の運動が必要です。」と言っているし、健康を保て、見つかるなという意図も全部守っているのでオールオッケーだ。


 スライムも日の光を浴びてのびのびと草原を歩いて(?)いる。足(?)なのかわからないが底部をうねらせながら器用に歩いている。途中、知り合いと思われるスライムと会って、今は戻れないけど無事だから心配するなと言づてを頼んだりしているようだ。おれからも、知り合いのスライムに手を触れて事情を説明しておいた。


 「あ、あいさつ代わりと言ってはなんですけど、「丹沢の銘水」です。今回はサンプルですので、3本持っていってください。」

 「キイキイ(興味)」


 勇者の泉につくと、例のロープの場所へと向かった。まだ見たことは無いが、この奥へ進むと泉があるらしい。途中でアンデッドマンに出会った。


 「おう! 後で現場を仕切ってくれる人が来るから、死人を集めといてくれるか? 死んでても元気ハツラツな感じで頼むぜ! 帰りに紹介するから、夕方くらいにここで待っててくれ! 「熊雲ゆううん」持ってきたからこいつでゆっくりしてくれよ。」


 どうもアンデッドマンたちは線香の煙をタバコのように吸うらしい。健康に悪くないのかと言ったら「もう死んでるから大丈夫。」と言っていた。言い得て妙だ。


 スライムには異世界側で待っていてもらう事にして、おれ達はいつも通りロープを伝ってヌルっと現実世界へと移動した。


 「おう! クロイ君! 待ってたんじゃ!!」


 神社へ着くといきなり和田さんがギラついた目を向けてきた。


 「支払いの件だろ、取りあえず3カ月間は人員どうぶつはまとめて定額払いにならねえかな?」

 「うむ、月額15万で無制限通り放題でどうじゃ!」

 「10万にならない? 3ヶ月契約するから。ロープも通したし、和田さんも護摩たかなくていいでしょ?」

 「仕方ないのう…12万でどうじゃ? ただし、車両は今のところわしの転生術を使わないと行けないらしいから、サイズ別に料金設定するからのう。」

 「わかった。じゃあとりあえず月末に振り込むから、振込先メールしといてくれ。」


 和田さんとのやり取りが終わると、境内の木陰で休んでいた壮年のツキノワグマが目についた。


 「クロイさん! お久しぶりです! また仕事したいと思ってたんですよ!」

 「熊村さん、こちらこそご無沙汰してます。 丹沢の光ケーブルの山岳工事の時はお世話になりました。こいつは、おれの共同事業者パートナーのクマイと、ロトのウサギです。」

 「はじめまして、よろしくお願いします!」


 熊村氏はクマイとウサギに名刺を渡すと、さっそく仕事の話にうつった。


 「本日は、先日電話でお話ししたとおり、全区間徒歩で確認させてもらいますが宜しいですか?」

 「大丈夫です。行程はおよそ8㎞で、帰りは車でお送りしますので。」

 「それはありがたいです。今日は直帰にしてきたので、早く子供にあえますよ!」

 

 おれは何気なく熊村氏を神社の裏手に案内すると、適当な事をいってロープを握らせた。


 「ちょっとこのロープを手繰たぐって、おれの後について来てください。」

 「ボクは熊村さんのうしろからロープを張りますから。」


 熊村氏は怪訝けげんそうな表情をしたが、何かの冗談だと思っているようだ、とりあえずおれのうしろにぴったりとくっついてもらい、ロープを手繰たぐる。例によってもやっとした空間があらわれる。


 「クロイさん、なにかのマジックですか?」

 「いや、ここらへん、湿度が高いと急に霧が出るんですよ。」


 いい加減な嘘を言っているうちにヌルっとした感じで異世界についた。突然、LEDのランタンしかない真っ暗い世界にはいり込んだ熊村氏は腰を抜かしている。後を続いてクマイとウサギも入ってきて、パーティはこれで全員そろったことになった。

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