第62話 蕎麦
朝4時、眠い目をこすりながら、おれ達はベッドから起き出し。レトルトで軽い朝飯を取ると城の裏口からコッソリと外へ出ることにした。おれは草むらに隠してあった軽トラに乗り込むと、静かにエンジンを始動させて草むらから出た。人目につかないところに停車させると、助手席にスライム、荷台にクマイとウサギをのせた。荷台に人を乗せるのはもちろん道路交通法違反だが、異世界は日本の法規法令の及ぶところではない。
初めての世界、しかもオフロードなのでおれは速度を抑えて慎重に運転した。ときどき助手席のスライムに手を当てて方向を確認する。荷台では安全のためにロープで自分たちを固定したクマイとウサギが方位磁石を使って大まかな方位を確認している。残念ながらこの世界にはまだ地図が無いのだ。そのうち、地図も作っていかなければならない。
スライムの行動範囲はそれほど広くないので、15分ほどでスライムが指示する場所についた。空を見ると、うっすらと明るくなってきている。
「おお、これは野生のソバじゃねえか!」
「ずいぶん、いっぱい生えてますねぇ…」
「こんなの、食べられるの?」
「なんだよ、ドラクエ世界じゃソバの実を粉にしないのか?」
「う~ん、ここは普通の住民は立ち入らないし、知らないんじゃないかなぁ。」
「とりあえず、収穫して持って帰りましょう!」
おれ達はチマチマと手でソバの収穫を行い、空の段ボール箱に詰めていった。段ボールに半分くらいになるころ、スライムがキイキイ言うので手を当てると、どうやら他の場所も案内したいと言っている。
おれ達は軽トラに戻り、スライムに導かれてそこから5分くらいの藪についた。藪の中には木に絡まったつる草のようなものがあり、その先に1~2㎝ほどの茶色い実のようなものがついていた。
「ムカゴだぜ!これは!」
「クロイさん、ムカゴってなんですか?」
「まあ、実じゃないんだけど、地上に出来るイモみたいなもんだな。この下にはヤマイモが埋まってるはずだぜ!ヤマイモはこのムカゴを落として繁殖するんだ。」
それも食べられるの?という顔をしているウサギをよそに、おれ達はムカゴを採取して、地下のヤマイモを掘り出してしまった。
「採ったムカゴのうち三分の二はこの辺に植えようぜ!」
「栽培するつもりですか?」
「おうよ!!」
ムカゴを植え終わると、スライムが次をせかした。今度はそこからまた少し離れた川辺についた。明らかにアブラナ科とわかるそれらしい葉を見て、おれは気づいた。
「ハマダイコンだ。大根の野生種だぜ。」
「あ、これはダメだよ、辛くて食べられないよ!子供の時に食べてひどい目に遭ったことがある。」
ウサギは過去にこれを食べたことがあるようだ。
「火を通したり、あるいは薬味として少し使うのが良いと思うぜ!」
そういうと、おれ達はハマダイコンを10本ほど引き抜いた。大根よりかなり小さく、葉っぱばかりという印象だが、この葉もまた食えるのだ。収穫物を軽トラの荷台に乗せたおれたちは、朝の6時過ぎに再びこっそりと城の裏の草むらに戻った。人目につかないよう、スライムを空の段ボール箱に隠しておれとクマイで持ち、ウサギに段ボールを持ってもらって俺たちは城内に入った。
「とりあえず、蕎麦を作ってみようぜ!」
「濃縮めんつゆは何の味付けにも使えそうだから三浦のスーパーで買ってあります。でも、クロイさん、蕎麦打ったことあるんですか?」
「学生の時に丹沢そばの店でバイトしたことがある。まかせとけ!」
ただし、一つ問題があった。とりあえず、この世界でも普通に煮炊きはするので一通りの調理器具はあるが、どうやらウサギの話では穀物を挽くという事はあまり無いようだ。つまり、石臼がないのだ。
考えた挙句、城の裏側に放置されている城を作るときに余って放置されている石材から平らそうなものを二つ選んで洗い、その間にソバの実を挟んでゴリゴリと挽いた。手間はかかったがいちおう粉らしきものが出来たので、ふるいにかけてソバ殻を分離してやる。
ここからはバイト時代を思い出して水回し、練り、
「クロイさん!器用なもんですねぇ!」
「
「お昼ご飯はおろし蕎麦と、とろろ蕎麦ですよね!」
蕎麦が切れたので、おれはクマイに頼んで石材のなかでギザギザしたやつを使ってハマダイコンのおろしと、ヤマイモのとろろを作ってもらった。その間におれは大鍋に火を沸かすと、サッと蕎麦を茹でて水にさらした。クマイの買ってきたクマサ醤油の濃縮めんつゆを人数分の金属製のマグカップにいれて、さっき
「香りがいいですねぇ!!」
「うん、思った通りボソボソしてるんだよなぁ…」
「ムカゴってなんかホクホクしてて美味しいね!蕎麦ってこういうものなんだ、意外と美味しいんだね!」
クマイとおれは箸で、ウサギはフォークを使って西洋人がヌードルを食べるようにして食べている。金属製マグカップに入れためんゆつに、パスタのようにフォークに巻き付けた蕎麦をいれて、薬味にダイコンやとろろを入れて食べている様子はなんだかやたらシュールだった。
思った通り挽きたての蕎麦の香りは最高だが、二八蕎麦に馴染んだおれにはどうも食感がなじまない。次回はクロジと一緒に研究だな…と思った。あまり文句を言わないクマイはこれはこういう食感だと思えば別に大丈夫です、と言う。ウサギはそもそも蕎麦を食べたことが無いので比較のしようがない、という感想だった。
ハマダイコンを入れたおろし蕎麦はピリリとした辛みがあり、実にサッパリしていて美味しい。とろろは濃厚な感じで、なんだか力がつく感じがした。多少の改良の余地はあるが、今後の可能性は十分にあるだろうとおれは思った。
「これがもっと美味しくなるんでしたら、ぜひ二八蕎麦も食べてみたいです!」
「十割蕎麦を上手に打てる職人とかいればいいんだけど、おれはつなぎを入れたのしか作ったことがなくてな。」
「やっぱり、そっちの世界の料理はいろいろ工夫されてるんだな…」
ひととおり満腹になったおれは、スライムが食えるものが何もなかったことにふと気づいた。あれだけいろいろ案内してくれたのにこいつの食い物が何もないのだ。おれはすぐにスライムのところへ行くと感謝と謝罪を述べた。
「おかげでいい食材が手に入った、ありがとう! でも、スライムが食えるものが何もなくて本当にすまん! とりあえず「丹沢の銘水」しかないが…」
「キイキイ!!」
「クロイさん!!なんか、スライムさんが言いたいことがあるみたいですよ!!」
おれが手を当てて話を聞こうとする前に、スライムは厨房へ走っていった。慌てて追いかけると竈の前でキイキイ鳴いている。「あっ!」とクマイが言うと、後で洗おうと思っていた蕎麦を茹でた鍋の残り湯の温度を見ていた。
「うん、十分さめてますね。クロイさん、蕎麦湯ですよ!」
「俺としたことが!!」
おれはスライム向けにほどよく冷めた蕎麦湯をとると、クマサ濃縮めんつゆを薄めに割ってスライムに飲ませた。
「キイキイ!(喜)」
「残り湯まで残さず使えるんだねぇ…」とウサギはやたら感心していた。ウサギは箸にも興味があるらしく、「夕食から練習してみようかな…」とボソッと言った。
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