第7話 遺書

 そうこうしていると、微かだが家の前で車が止まる音がした。外へ出てみると、ピザ配達用によく使われている三輪バイクが止まっており、そこから小柄なツキノワグマが下りてきた。


「おー!クロジじゃないか!」

「兄貴、またヤバいことしてるんだって? 気を付けなよ!」

「すまんなぁ、心配かけて……」

「親父から頼まれた差し入れ、持ってきたよっ!」


 そう言うと、クロジくんはクロイさんになにやらビニールに入ったものを手渡した。最低限のやりとりをすると、クロジくんは出来るだけ静かにその場を去って行った。


「『腹が減っては戦ができぬ!』だな」


 そういうとクロイ氏はビニール袋の中から弁当を取り出した。弟のクロジ氏は管理栄養士の資格を持っていて、鎌倉で経営しているレストランはなかなか繁盛しているらしい。危ない仕事をしようとしている兄を気遣って、弁当を届けてくれたようなのだ。


「おおっ!俺の好きな鶏ハンバーグだ!」

「ボクもこれ、大好きなんですよねぇ」

「僕のは鶏ハンバーグ少なめで、野菜が大盛りになってる!」


 クロジくんは草食動物の僕のことを気遣って、野菜を多めにしてくれたようなのだ。さすが、管理栄養士だなと感心した。美味しそうな野菜を噛み締めると、取れたてのトマトやキャベツの甘さが身体に染み渡る感じがした。鶏ハンバーグは鶏もものひき肉と、たっぷりのレンコンを混ぜて、弱火でじっくりと焼き上げてあった。塩コショウのシンプルな味付けが根菜の滋味を引き立てていて、草食動物の僕でも思わず平らげてしまった。そして、付け合わせの夏野菜たち、ゴーヤ・ナス・オクラ・みょうがなどの甘酢漬けが箸休めにとても心地よかった。


「突入は真っ暗なほうがいい、相手が疲れた時間を狙うので、夜3時を予定時刻として、取りあえず仮眠をすることにしようぜ」


 クロイさんがそう言った。


「あのさあ、もし、それまでに犯人が暴れたらどうなるの?」

「その時は、残念だが県警の狙撃部隊が対応する」


 いくら竜王とはいえ、射殺されるのは可哀そうだな。そうならないといいな、と僕は思った。


「そうそう、もし必要なら、遺書書いとけよ」


 サラッとそういうと、クロイさんは寝てしまった。「遺書」という言葉が、なんとなくゲーム感覚だった僕の心に重くのしかかった。この世界では、HPがゼロになったらもう生き返れないのだ。ロンダルキアにいる父と母、誇り高きロトのペットだった祖父母の事などを思い出すと、なんだか切ない気持ちになってきた。


「眠れないんですか?」


 クマイ氏が聞いてきた。


「うん…なんだか、さっきクロイさんに遺書って言われてから現実感が出てきちゃって。これ、失敗したら僕ら死ぬかもしれないんだよね?」

「そうですねぇ。ボクも怖いですよ……」

「でも、クマイさん、そんなに怯えてるように見えないけど」

「うーん、クロイさんとは長い付き合いですからねぇ。いろんなことが有りました。でも、なんとかやってこれたし、ベストを尽くしたなら結果はまあ、関係ないかなと思ってますねぇ」

「うーん、でも、死んでしまったら……」

「もうこの状況で、あまり深く考えても仕方ないと思いますよ。ただ、誰かがこの作戦をやらないと、人質も死んでしまうし、犯人も殺されてしまうと思います」

「誰かが、かぁ……」


 その「誰か」が僕である必要があるのだろうか。ただ、もう考えないようにすると、昼間の疲れからか、僕は自然と眠りに落ちていた。

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