第3話 小鬼狩り、時給4000円より
『ギイイイイイイイイイイッ!』
『ギイッ! ギイッ!』
高尾山に入山してから二時間が経過した。
ハイキングコースに沿って進んでいく恭一であったが、山の奥深くへ足を進めるほどに現れる妖怪が増えていった。
出てくる妖怪は最下級の小鬼ばかりであったが、複数体が同時に出現することもある。
「フンッ!」
恭一が拳を振ると、小鬼の顔面から上が吹き飛んだ。
反対の腕でさっき拾った木の枝を振り、反対方向から襲いかかってきた小鬼の頸部をへし折った。
「おーおー、入れ食い状態だな。こりゃ今夜は寿司かな?」
『ギイッ! ギイイイイイイイイイイッ!』
「鬱陶しい。さっさと死ねよ、五百円玉が」
地面に倒れてもがいていた小鬼の頭を踵で踏み抜く。
潰れた頭部から血液やら脳漿やらが地面に広がり……すぐに妖気の粒になって消滅した。
「一匹あたり500円。十五匹殺ったから……7500円か。時給換算したらスゲエ額だな。笑いが止まらんぜ」
退魔師カードを眺めつつ、恭一がニヤニヤと笑う。
裏面に書かれている小鬼の数字がどんどん大きくなっていく。まるでボロいギャンブルで儲けたような気分である。
「こんなことなら、ガラじゃないとか言ってないでさっさと退魔師になるべきだったな。そうすりゃ、乃亜にも見捨てられずに済んだのによ」
そんなことを口に出す恭一であったが……もしも恋人が面倒をみてくれていたら、絶対に働こうとはしなかっただろう。
明日できることは明日やる。ボランティア活動とかクソ喰らえ。やるからには楽して稼ぐ。
それが「趣味は競馬とパチンコ、それに女」と豪語する元・ヒモ男……蘆屋恭一という人間なのだから。
「なあ、お前もそう思うよな?」
『ギイッ!?』
恭一は木の陰に隠れて震えていた小鬼を掴み、引きずり出す。
「寂しい男の独り言だと思ったか? 最初からお前に向かって話しかけてんだよ」
『ギイッ! ギイッ!』
「ハハッ! お前も五百円玉になれよ!」
『ギイイイイイイ~!』
捕まえた小鬼を片手で投げ飛ばす。
豪速球のように投げられた小鬼はまっすぐに離れた木の幹に衝突して、妖気の粒になって爆散した。
「十六匹目……いやー、マジで楽な仕事だぜ」
たった2時間で8000円。時給4000円に相当する。
ちょっと山歩きをしただけでこれだけの金額を稼げるだなんて、もっと早く知っておけば良かったと恭一は後悔した。
ちなみに……恭一はこれを楽な仕事と言っていたが、実際にはそれほど簡単ではない。
小鬼……海外では『ゴブリン』と呼ばれるその妖怪は、金属バットやバールなどで武装していれば、特殊な訓練を積んでいない一般人でも退治することができる妖怪だった。
しかし、何匹も群れで襲ってきたら危険度も跳ね上がる。
実際、登録したばかりの5級退魔師が小鬼にやられて命を落とすという事例はいくつも挙がっていた。
「お? 行き止まりか?」
荒れ果てた道を意気揚々と進んでいく恭一であったが、金網のフェンスによって道が遮られていた。
フェンスには赤色の標示板がかけられており、『この先、3級未満の退魔師の立ち入りを禁ず』と書かれている。
「レッドゾーンか……早過ぎないか?」
事前に聞いていた話では、高尾山に巣食った鬼の総大将は頂上付近にねぐらを構えているとのことである。
ここはまだ山の中腹なのだが……もうレッドゾーンに入ってしまうのか。
「…………フン」
恭一は鼻を鳴らす。
山登りを始めるまでは雑魚妖怪を適当に潰して小銭を稼ぐ。わざわざレッドゾーンに入って危険を冒してまで高額の報酬を狙う必要はない……そんなふうに考えていた。
しかし、高尾山に入ってからたくさんの小鬼に襲われているが、無傷で倒すことができている。
ここまで簡単に稼げてしまうと……多少の欲が出てきてしまう。
(小鬼狩りがこんなに儲かるんだから、もっと強い妖怪だったらどれだけ稼げるんだろうな)
「満額ボーナスのためだ……ちょっと様子を見るくらいなら良いよな?」
恭一はフェンスに手をかけた。
そのまま乗り越えてレッドゾーンに入ろうとするが……背中に何者かの声がかかる。
「待ちなさい! そこから先は立ち入り禁止よ!」
「あ?」
声に振り返ると、そこには恭一よりもやや年下の女性が腕を組んで立っていた。
高校生くらいの外見。黒い髪をポニーテールにしており、吊り上がった瞳の眼光は鋭い。
顔立ちはかなり整っているのだが、近寄りがたい雰囲気の美少女だった。
「そこから先はレッドよ。3級退魔師以上じゃないと入れないわ!
「……誰だよ、お前は」
「私? 私の名前を聞いているの? 知りたいのなら教えてあげるわ!」
少女は古めかしい衣装……『狩衣』と呼ばれる白い衣の裾を翻して、堂々と名乗りを上げる。
「私の名前は
「…………」
山中で堂々と言い放つ黒髪の少女……賀茂美森に、恭一は辟易したように溜息をつくのであった。
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