第70話

「ぶっ殺されてーのかっ! おらよっ、早くしろっ、このクソ野郎ども」


 ツバキを飛び散らせながら怒鳴っている大輝。顔にかかる! 汚いからやめてくれよ。


 警察官に向かい指さし興奮してがなっているせいか首の締まりが緩まった。あのまま締められ続けたら気を失ってしまうから危なかった。


 さてどう逃げようか。


 大輝の腕を外すというのは体格的にも無理そうだ。大輝が身体を反らせば僕の身体が浮くことだってあり得るくらいの体格差。これは致命的。

 ただ、今の彼は包囲している警察官にギャーギャーと喚き散らすことに夢中になっているので僕の方に意識は向いていない。警察官の方はいつでも飛びかかれるようにしているが、僕が邪魔でどうにも手出しできないってところ。


 首を抜くっていうのもちょっと無理そう。締める力は緩んでいるけど外せるほど緩くない。しっかりと僕の顎が引っかかっているのでなかなか難儀だ。


 もう方法がないなら単なる脱出は諦めて、いっそのこと反撃に移ってしまうのもいいかもしれない。そうと決まれば、早めに行動してしまえ。

 なんといっても警察官に肩を押さえられている和泉が今にも泣きそうな顔で僕のことを早く助けてって言っているのが聞こえてくるからね。あんまり心配かけすぎるのは良くない。



 現在僕の身体は大輝の右腕によりやつの右側半身に偏った形で押さえつけられている。つまりは僕の左後ろにがら空きの大輝の身体があるってこと。

 僕は自分の左腕を前に伸ばし、右手で左手首をしっかりと掴む。そしてそのまま力いっぱい引き寄せ大輝の身体に肘打ちを叩きつける。


「ふんっ」


 僕の渾身の一撃は大輝の左の胸の下部に当たったようで、ゴキッともバキッとも言えないなんとも嫌な音を立てた。肋骨が逝ったな、これは。


「ぎゃあぁぁぁあぁあ!!!!!!!」


 あんだけがなり立てていた大輝は悲鳴にも聞こえる叫び声を上げてその場にひっくり返る。もちろん僕を押さえていた腕は開放して。


 のたうち回る大輝を見て立ち竦む僕。ちょっとやりすぎたかもしれない。しかも警察官が何人もいる前でやっちまったか。

 二周目の時瀬長たちにボコられたので三周目の際に護身術を習っていたのがここで効いたようだ。でも……。


「えっと……過剰防衛じゃないですよ? ほら、首を締められていましたし……。ね、そうですよね?」

「大丈夫か、君? 痛いところは? 首は平気なのか?」


 最初に近づいてきてくれたのは岩清水さんだった。僕の心配を他所に僕の身体の方をいちばんに心配してくれていた。


「大丈夫です。痛くないですし、怪我もしていません」


「わぁーん! 誠志郎くんー!!」


 ドカンと和泉が抱きついてきてその場でわんわんと泣き出した。

 その横で後ろ手に手錠をかけられた大輝が引きづられるようにパトカーに運ばれていく。


 なかなかの状況に当事者なのにやけに冷静になってしまう。

 15歳の僕がこの状況にあったら確実にテンパって何も出来ずにされるがままだっただろう。しかし、今の僕は酸いも甘いも噛み分けてきた中身おっさんの佐野誠志郎である。

 なんならベテランぽい岩清水さんよりも年上ってことだって有りうるんだからこれしきのことで右往左往することはない。

 って、和泉もそこんところは同じのはずなんだけど僕に抱きついて離れない彼女は涙ボロボロ鼻水ズルズルで僕の無事を喜んでくれている。まあ有り難いけどね。




 あの4人は大麻取締法違反等々で検挙された。大輝はさらに公務執行妨害と傷害の罪もあとから付け加えられるのも間違いないと思う。

 他の奴らも半グレ壊滅に躍起になっている警察によって追加の逮捕要件がゴロゴロと出てくるに違いない。そんなもの身から出た錆としか言いようがないのでさっさと諦めてくれればいいと思う。


 僕はというと被害者ということで被害届だけ書いて終わりになった。過剰防衛とは見做されなかったらしくほんと良かった。


 和泉だけど、あのあと僕と一緒に自宅までパトカーで送ってもらったはいいが、僕の腕を抱いたまま離してくれず、夜の10時過ぎに彼女の家にお邪魔してご両親に挨拶するという辱めを受けることになってしまった。

 和泉のご両親がとてもいい方だったので、叱られるどころか労いまでいただきほんと申し訳無さばかりがつのる時間を過ごさせていただく。

 その後、和泉のお父様が僕を家まで車で送ってくれると言ってくれ、お言葉に甘えさせていただいたのだけど、なぜか和泉とお母様までついてきてしまったので夜中に僕の両親ともエンカウント。両家はじめましてのご挨拶という意味わかんない状況にまで発展したこともついでにお伝えしておこう。




 開けて翌日、高校入学から二日目。


「和泉さぁ、頼むよ……昨日大変だったんだから」

「わたしんちも大変だったからお相子でいいでしょ?」


 何処をどう見たらお相子になるのかわからないけど、万事ことは思い通りに済んだので些末なことに拘るのは止めることにした。


「放課後は部活見学みたいだけど何処に入るかとか和泉は決めているの? また帰宅部?」

「ううん違うよ。わたしと誠志郎くんが入るとしたら一つしかないでしょ?」

「「文芸部」」

 だよね。




「「こんにちは! 入部希望です!」」


 見沼先輩と瀬川先輩が目をまんまるにして驚いていたよ。一気に二人も入部希望者なんて来たもんだからね!

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