第69話
津鬼崎に続いて大輝、スキンヘッドのミヨシ、小太りパンチが部屋に入ったところで警察官は車から降りてきて一斉にアパートを取り囲むような配置に移る。津鬼崎がアパートに入ったあとから応援部隊も投入された模様で人数が聞いていたよりも増えている気がする。
「始まるね」
「気づかないふりして。変に意識しちゃって仲間だと思われるの面倒だし」
「はーい。じゃあ、イチャイチャ続けようか?」
「そういう事言うとキスするよ?」
「いいよ。ん」
「じょ、冗談だよっ。からかうなよ」
「もう、いい年してヘタレだね誠志郎くんは」
僕たちがアホなことしている間にも警察の包囲網は縮まっていき、今やアパート3階の廊下は左右とも警察官が配備されている。いよいよ捕物が始まるのかな?
刑事の一人がインターホンを押す。
そのまま待機しているけど中からの返答は無いみたい。もうひとりの刑事が鍵穴に鍵を差し込んでいる。合鍵も用意してあるんだね。用意周到。
「あ、あれってドアチェーンを切るやつ?」
和泉が言っているのは警官が持っている大型のカッター、ボルトクリッパーっていったっけ、のこと。あれでならドアチェーンも一発で切れるよな。
「おー一気に流れ込んでいくねー。すごい迫力だ」
「人ごとだからって呑気なコメントだね。まぁ人ごとなんだけどね」
流石に50メートルも離れていると聞こえてくる怒声もはっきりしない。バイパスを通る車のロードノイズもあるから余計なんだろうけど。
だけど暴れているようなドタンバタンという打撃音は聞こえてくるのであの4人は相当暴れているに違いない。
部屋のドアは開いたままなのでちょっとだけ中の様子が見えそうだけど、生憎と入口に警官が立っているので覗けない。
しばらくすると『容疑者確保!』とか『証拠品確保!』とかははっきりと聞こえた。ああいう宣言は大事なのかな。腹から声出てて訓練されているって感じがする。
現場が静かになったと思った瞬間、パトカーのサイレンがあちこちからけたたましく聞こえてくる。
たかが大麻の違法栽培でここまで派手にするのって思ったけど、半グレ絡みだからちょっと気合が入っているのかもね。
和泉はすでにスマホで捕物の一部始終を撮影しているみたい。後でテレビ局に売ってお小遣い稼ぎにでもするのかね。ただで映像だけ使われて終わりって気もしなくもないけど。
まず取り巻きのパンチとミヨシが警官に付き添われて部屋から出てきた。腕は掴まれているようだけど手錠はされてないみたい。やっぱ未成年者だと手錠はしないものなのかな。
二人は遠目でもわかるくらいにズドーンと落ち込んだ様子で反抗している様子も見られないで素直に連行されているって感じ。そんなに落ち込むなら悪いことなんてするんじゃないよと言いたい。
二人がそれぞれ違うパトカーに乗せられて現場を立ち去っても津鬼崎と大輝は部屋から姿を現さない。どうしたのかと思っていたら、大輝のほうが警察官二人に両側を付き添われてやっと部屋から出てきた。
暴れたときに怪我をしたのか頭から少し血が流れているようにも見える。あの応急処置のせいで出てくるのが遅くなったのかな?
「あれが大輝だね。二人、じゃなくて後ろにも一人警官がいるね。大輝一人に3人の警察官なんて破格の扱いじゃないの?」
「ああいうの初めて見るからわかんないよ。でも先の二人に比べれば厳重だよね」
大輝はタッパもあるし既に中で暴れたみたいだから警戒も高めなんだろうね。それでもか未成年者ゆえ手錠はしてないみたい。
続いて津鬼崎が出てきた。こっちは手錠もされているし、腰にロープも巻かれている。ガチガチ過ぎて反対に面白く感じてしまうのは不謹慎かな?
これで僕らの未来を邪魔していた津鬼崎と大輝が排除できた。明日から安心して学校生活が送れるってもの。
どうでもいいかと思っていたけど、遠藤とか皿元。ひいては瀬長や鈴木なども悪の道からは少しだけ遠ざかったのかもしれない。このあとどうなるかは彼ら次第だけど。
「さて、終わったみたいだし帰ろうか。家まで送っていくよ」
「ありがとう、誠志郎くん。今日は勝手に来ちゃてごめ――」
「逃走! 容疑者が逃走したっ! 確保急げっ」
「え? なにっ」
振り返ると目の前まで大輝が迫ってきていた。このままでは和泉が襲われる、そう思った僕はとっさに和泉をベンチ後ろの植え込みの方へ突き飛ばした。
「ぐっ……」
「せっ、誠志郎くんっ!!」
和泉は避けられたけど動線上にいた僕は大輝にそのまま掴みかかられ捕まってしまう。後ろから首に腕を回される。背の差があるので腕が首に食い込みかなり苦しい。
「ってめーら、っざけんじゃねーぞ!! 近づいたらこいつ殺すからな! 来んじゃねーよ。津鬼崎さんも開放しろよっ」
大輝は興奮した様子でがなり立てている。今更そんな要求なんてしたところで全て遅いっていうのに。
それよりもどうしよう、この状態は想定してなかった。
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