第66話
「ご入学おめでとう。きょう、君たちは我が校の生徒に――」
校長が壇上でなにか言っているが、全く耳に入ってこない。一周目のときも多分全く聞いていなかったのだと思うが、この時この校長が何を言っていたか何も覚えていない。
今日は今日で今夜のことが気がかりでこんな定型文の様な挨拶を聞いている暇なんてまったくないんだ。
頭の中で様々なシミュレーションを繰り返していたらいつの間にやら入学式は終わっていた。この後は一旦教室に戻り、事務連絡を受けたり諸々の手続きを行ったりしたら放課となる予定。というか、そうだった。
一周目では誰とも会話することなくそのまま帰宅の途についたけど、今回は特に大事な用事があるので和泉と打ち合わせしておかないといけない。
岩清水さんとは連絡が取れて、津鬼崎の逮捕に向けて動いてくれることは確約してもらった。まあ、承諾してもらうまでは長々と説明をしたんだけど、決め手はやはり半グレと津鬼崎が元より警察にマークされていたことに尽きるだろう。
僕がただ、今夜大麻を育てている部屋に犯人たちが集まるから捕まえてくれと言っても相手にさえしてもらえなかった可能性は高い。
長年培った僕の交渉術とターゲットの黒さ具合が上手いことかち合った結果だと思う。因みにだけどうざいくらいの粘り強さはブラック企業由来なので、強ちあの経験も悪くなかったな、とほんの少し、本当に僅かばかり感謝したりした。
「ご入学おめでとう」
「誠志郎くんもご入学おめでとう」
何処かで待ち合わせ、など今更面倒だとHRが終わった途端に和泉の下へ向かい挨拶。朝は和泉が遅刻寸前だったので話す機会がまったくなかったのでこれが本日の初対面。
未だ教室に残っていた生徒たちがザワッとした気もしないでもないが、多分勘違いだろうから放っておいて問題はないだろう。
「今日はどうするの?」
「ん~夜までは暇だよな。って言っても和泉は家から出ちゃだめだぞ?」
「えーわたしも誠志郎くんと一緒にいたいよ」
「それはだめ」
「どうしても?」
「どうしても。その代わりちゃんと連絡はするから我慢して」
「……はーい」
今夜捕物が行われるが、なにかあったら危ないので和泉は自宅待機に厳命している。かくいう僕も岩清水さんから絶対に近づくな、とは言われているが。
まあ近づかなければ見ていてもいいっていうふうに調子良く解釈したので、未だ入れる建築現場から見学させてもらうことにしようと思っている。その際に和泉に実況中継をしようって計画。
今後の生活がどうなるかの大一番なのだから気にならないわけないからな。報連相は大事。
「ねぇ、あなた達って恋人同士なの?」
急に話しかけられて驚いた。話しかけてきたのは和泉のすぐ後ろの席に座る女の子、遠藤茜だった。
幸いにも話の内容までは聞かれていなかったようだけど、聞かれないようにこそこそと話していたのが傍から見るといちゃついているようにも見えていたようだ。
「いや、まだそういう関係にはなっていないけど。えっと?」
「ああ、ごめんね。あたし遠藤茜。喜田西中から来たの、よろしくね」
「うん宜しく。僕は佐野誠志郎、こっちは飯館和泉。僕は田中谷3中、和泉は何処だっけ?」
「わたしは、湧谷第一だよ」
無難に挨拶だけはしておくことにした。いくら相手が遠藤だからってこの時点では悪意はないはずだと思う。
「中学別なのに二人ともどうやって知り合ったの? むっちゃラブラブしてるんだもん、気になっちゃう」
「ラブラブはしていないけど、まあ長年の知り合いっていうの。かれこれ10年来の知り合いって感じかな」
本当は10年以上だろうけどそこはもう誤差ってことで。
「じゃあ幼馴染ってやつだね。うわぁ~幼馴染で恋人なんてラブコメみたいで素敵だね!」
「いや、だからまだそういうんじゃないって……」
知り合ったのは幼いときじゃなくて、今から言うと未来の話なんだけど……。ま、話せないのでそういうことにしてしまえばいいか。
和泉がなんか顔を赤くしているけど、やっぱ僕と恋人同士に見られるのは嫌なのかな。でも、頑張れば僕だってなんとかな……るといいな。
「まだ、恋人同士じゃないって、まだって……」
ぶつぶつ和泉はなにか呟いているけど、周囲がガヤガヤとうるさいので聞き取れない。
「和泉なにか言った?」
「う、ううん。なんでもないよ。えっと、お昼一緒に食べない? 駅前のファミレスなんかどう?」
「うーん……」
「だめかなぁ」
「いや、だめじゃないんだけど、今日は一旦家に帰っておきたいんだよね。そうだ、
今夜の捕物を観察する準備と夜に家を空ける口実もほしいところだったので一石二鳥になるな。
和泉のことは先々には紹介することになるだろうし、今夜に関しては彼女を送っていくってことで夜に家を出ていくって
彼女のことを使うようで申し訳ないけれど、これもお互いの利益のためだから許してほしい。あと少しでも長く和泉と一緒にいられるのは素直に嬉しいので……。
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