第63話
和泉によると津鬼崎の『アジト』はこの頃から変わっていないはずという。
駅前の繁華街から歩いて30分。国道のバイパス線と新興住宅街とロードサイド店舗くらいしかない田舎ではよく見る風景の場所。
そんな場所にある古くも新しくもないこれと言って特徴のない鉄筋コンクリート造のアパートの一室が津鬼崎のアジトらしい。
「あそこの302号室がアジトだよ。半グレの誰かの持ち物らしいけど詳しくは知らないよ。いつも大輝とか津鬼崎はあそこで屯していたって聞いたね」
今僕たちはそのアパートのバイパス線を挟んだ反対側にあるファミレスでデート(?)の続きみたいなコトをしている。
「ここからだとあんまり見えないね。カーテンは締め切ってあるみたいだけど」
「あの黒いカーテンの部屋には入るなって言われていたから入ったことないな。見るからに怪しいよね」
「え? 和泉ってあそこの部屋に入ったことあるの?」
「あるよ。さっき言ったじゃない、通ったって。一周目に悪い事していたのはあの部屋が中心だったもの。もう二度と入るのはゴメンだけどね」
和泉の一周目、か。かなり不遇な生活を強いられていたんだよな。その発端があの部屋なんだな。
和泉は知らないって言っていたけど、そういうのを鑑みると遠藤たちもまともな生活は送っていなかったであろうことは想像に難くないな。
瀬長とか鈴木については男だしどうでもいい気がするけど、こいつらのせいで誰かが泣くことになっていたら嫌だなとは思う。
和泉を家に送って行ってから僕も帰宅することにする。
和泉は彼女の家に寄っていけばと誘ってくれたけど、お母さんはご在宅のようだし、本来ならば未だ出会っていないはずの僕らなので説明も面倒だということで辞退させてもう。
家においてきた瑞希も今頃は母さんが帰ってきているだろうから気にかける必要もない。なので、僕はさっき見た津鬼崎のアジトをもう一度観察することにした。
アジトの近辺に建設中のマンションがあったのでこっそりと侵入して上の方から302号室を覗いてみることにする。
春になって日が長くなってきたけれど、この時間になるとすっかりあたりは暗くなる。ロードサイドが明るすぎるので相対的に建築現場は真っ暗にしか見えない。なんとも好都合じゃないか。
近くのホームセンターで安物の双眼鏡を持ち金叩いて買ってきたので早速使ってみる。流石に安物だけあって視界が若干歪んで見えるけど、そこそこの望遠倍率もあるので確認する程度なら期待できそう。
この建築現場に来る前に、我ながら大胆だとは思うけれど、アジトの302号室のドアの前まで行ってきていた。
ごく普通のアパートにある鉄製の玄関扉だった。ただし、ドアポストにガムテープで目張りがしてあったのを除けば、だ。なぜわざわざ目張りまでしているのかは全くの不明。
ドアの前まで行った感覚では中に人の気配は感じなかったけれど、電気のメーターはすごい勢いで回っていたので、何らかの電化製品は稼働中だと思われる。あれだけ回っていると冷蔵庫だけとは思えない。
和泉から聞いた話だと部屋の間取りは1LDK。入るなと言われていたのはベランダ側の一部屋。今僕から見て左側にあるカーテンで中が全く見えない部屋の方。
「って、ことは右側がリビングなんだろうな。明かりがついていないってことはやっぱり不在か」
街灯の明かりが差し込んでリビング側は照明がついていないことが確認できた。では、電気メーターが勢いよく回っていたのは何だったのだろうか? さっきまで息を潜めて誰かがいたのに今は出かけた?
そんなに都合のいい話があるだろうか。都合のいいタイムリープをしている僕が言うことじゃないとは思うけど。
「ん? んんんん?」
左側の一部屋の外に置いてあるエアコンの室外機が稼働しているように見える。ベランダの格子越しなのではっきりとは見えないが、プロペラに光が反射しているのが見て取れる。
「つまりは無人なのにあっちの部屋だけエアコンを稼働させているってこと? なんで? 寒くも暑くもないぞ」
足元の悪い建築現場だけど、もう少しよくあの部屋を確認したいので移動を試みる。
真っ暗な中鉄パイプか何かに躓いて転んでしまったのは頂けないけど……。
「痛ったー。うわぁ……。ズボン破いちゃったし血も出ているじゃないか……」
相変わらずドジと言うかなんというか。ほんと本格的に身体だけは鍛えておかないと、と改めて誓ったよ。
「さて、角度を変えてみたけど何か見えるかな?」
双眼鏡を除く。相変わらずカーテンで隠された部屋は何も見えないけど、ほんの少しさっきと違ったものが見えた。
「部屋の中がムラサキ?」
左側の部屋の掃き出し窓の右隅に紫色の光が見えている。どうもあの部屋はカーテンだけじゃなくて、なにか板状のナニカでしっかりと目隠しがされているようだ。その目隠しが少しズレてあの光が見えている様子。
外から一切隔絶したアジト、無人なのにエアコン。紫色の光、入室禁止の部屋。
「わかんないなぁ。おっと、もう9時だ。さすがに帰らないと」
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