第59話

 目が開いた。



 大事だからもう一度確かめる。

 目を瞑り、また開ける。


 目に入ったのは天井。トラバーチン模様の石膏天井ボード。何度も見た僕の部屋の天井。


 簡素な木製の学習机に安っぽい椅子。本棚には小説や漫画が半分ほど入っている。壁に掛けてあるのは学生服が2種類。中学の時着ていた学ランと高校のブレザー。


「…………学ラン?」


 再度タイムリープできたことの安堵感とともに今がいつなのかという不安感も一緒にやってくる。

 ここで「やった! タイムリープできた!」とはしゃげれば可愛げもありそうだけど、生憎と3周目ともなると冷静さのほうが先にくるようだ。


「あの学ランは中学卒業後しばらくしたら親戚の子にあげてしまったような記憶があるのだけど」


 それが壁に下がっている。高校の制服もなんならやたらと真新しいように見える。


「えっと、スマホは?」


 いつもベッドサイドテーブルに置いてあったスマホを探すがどこにもない。というか、ベッドサイドテーブル自体無い。

 あのテーブルは高1の5月か6月ころ父親から譲り受けたもの。それがない。


「つまりは……。いやいや待て待て。結論を出すには早計だ。しっかりと日時は確かめないと……」


 ドタドタドタ! バーンっ! 部屋のドアが勢いよく開いた。


「お兄ちゃん、ダーイブって起きてちゃ駄目じゃない」


 思いの外幼い瑞希がベッドの上の僕に飛び乗ろうとして、僕が起きていることに気づいて直前で止まる。そして文句を言ってくる。


「瑞希、おまえいくつだよ。いま僕の上に飛び乗ろうとしていただろ?」


「みーちゃんはまだ10歳だから多少のことは許されるってお母さんが言っていたよ。なので大丈夫だよ、問題なし」


 僕は瑞希のことをじっと観察してみることにした。

 二周めのときよりも背が低い。体つきも完全に子供のそれ。自分のことも私ではなくみーちゃんと言っていた。


 それに確か小学校5年生の頃まで僕を起こしに来たときはだいたい僕の上に飛び乗って起こしてきていた記憶がある。


 二周目よりも昔に戻った?


 いやまだ結論を出すには早い。瑞希の行動だって多少の誤差はあるだろうし、僕自身の記憶違いだって無いとは限らない。


 まずは客観的な日付を見つけよう。


「瑞希、僕のスマホ何処に言ったか知らないか? 見当たらないんだ」


「? 何を言っているかわからないんだけど、お兄ちゃんのスマホは今日お母さんと一緒に買いに行くんでしょ? みーも一緒に行くからね!」


 カレンダーを読めない子みたいな感じで瑞希にバカにされた様な気がするが、そんなことはどうでもいい。

 今日僕のスマホを買いに行くということは未だ高校には入学していないってこと。中学卒業して数日後って感じだな。


 はやく新聞でもテレビでもいいから客観的事実が知りたい。


「ご飯食べてから出かけるんだからちゃんとご飯食べてよね。お兄ちゃんだけだよ、ご飯未だなのは~」

「はいよ、わかった。すぐ行く」




 食卓について、そこにおいてあった新聞を広げる。目的はニュースでなく日付なのでどこでも構わないのだけど、なんとなく広げたくなった。


 記事の上部に今日の日付が印字されている。その日付は――。


 西暦201R年3月24日(土曜日)とある。


 二周目よりも更に1年以上過去に遡っていたのは確かだった。


 和泉の状況も知りたいのでメッセージを送ろうと考えて、スマホがないことにまた気づく。


「せーくん急いでね。お母さん、午後からお出かけしないといけなくなったの」

「分かってる。急ぐよ」


 新聞の日付を穴のあくほど見ても何も事実は変わらない。それよりも早くスマホを手に入れて、和泉に連絡を取らないと。


(電話番号は教わっていなかったけど、メッセージアプリのIDは頭に入っているから和泉の方も上手くやってくれたら連絡が取れるんだよな)


 最悪直接和泉の家まで行くしかないが、いきなり押しかけるは流石にないわな。

 その時はその時で考えよう。今は朝食を早くとってスマホを買いに行くことを優先的に考えよう。





「ありがとう、母さん」

「大事に使いなさいね。高級なのは買ってあげられなかったけど、それも安くはないからね」


 赤色の筐体の泥スマ。以前は真っ黒だったので今回は気分一新で赤色にしてみた。

 このあとファミレスで食事をしたら母さんはそのまま職場に直行するそうだ。


「みーちゃんと一緒に帰ってね」

「ああ、瑞希のことはしっかりみるから大丈夫。母さんも気をつけていってらっしゃい」



 帰り道は瑞希と手を繋いで歩く。

 この頃の瑞希は本当にお兄ちゃん子で可愛かった。このあとしばらくして思春期に入り素っ気なくなるんだよな。

 で、そのうち険悪になるっていうのだからよくわからない。


 今回はこのまま中のいい兄妹のまま進んでいけるように注力しようと思う。


「お兄ちゃん、帰ったらスマホ、触らせてよ」


「いいぞ。ただし、お兄ちゃんの用事を片付けたらな。そしたら遊ばせてやるよ」


「わーい! お兄ちゃん大好きー」


 んー、やっぱり瑞希はカワイイな。

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