第57話

 週に2~3回は鮫島商事かハイグロ企画に、もしくはその両方に顔を出している。


 うちの部長からも『他の仕事は同僚に任しておいていいから、まずはそっちを片付けるように重点的にやってくれ』と頼まれている。

 なんだろう。異常なほどに鮫島商事のことを気にしているようなんだけど、弱みでも握られているのだろうか? まぁ僕には関係ないことなのでそっちはそっちでやってくださいって感じなんだけど。



 僕の目標はとりあえず落とし所が3つ。


 第一は当初の目的通り廃案に持っていくこと。大きい企画を通すにはまだ力不足ってことで鮫島とハイグロに努力を促して終わりにする流れ。


 第二はうちの会社と鮫島ハイグロの両方にとって収支トントンくらいの出来まで持っていくこと。僕さえ頑張ればそれくらいまでなら持っていけそうな気がする。

 痛くも痒くもない終わり方なので、双方ともなんかしらの利益は出るんじゃないかと考える。僕の苦労だけはプレイスレスになりそうだけど。


 第三は企画として完全に成功裏に終わらせるってところ。これは流石に僕の力だけでは何ともしがたいので、特にハイグロ企画の高木くんには頑張ってもらわないとならない。

 そのためには磯内の態度を改めさせないとまず絶対に無理。あの調子で怒鳴られ続けていたらやる気なんて全く出るはずないもんな。


 別途、第四にうちの会社が損害を被るっていうのがあるけどこれはうちの部長も企画を承認しないだろうからありえないので考えないことにする。ただ鮫島商事が勝手に企画を提出しないようにするのだけは忘れない。


「どうせ最後なら有終の美を飾りたいよな。第一目標は第三案で次点が第二案ってところかな。彼らのやる気が見えないようなら仕方ないので第一案で早々に終わりにする手もとっておこう」



「どんな感じですか磯内課長」

「あ、佐野様。今うちの高木に精査させているところなのですが、なかなか難しいようで。申し訳ない。ケツを蹴ってなんとしてもモノにさせますので……」


 こいつのケツを蹴るは本当に物理で蹴ってくるからな。もうただの暴力だ。


「僕もちょっと高木さんの様子を見てもいいでしょうか?」

「ええ、ぜひともハッパかかけてやってください。年齢的に佐野様とあまり変わらないのにこの能力差ですからガツンッと言ってやってください」


 別に僕はパワハラをやりたいわけでも、自分の能力に悦に入りたいわけでもない。僕なんてただ経験が人より多いってだけの凡人でしかないから。


「高木さん。今何をやっているか教えていただけますか?」

「あ、はい。すみません……。大したことはやっていなくて……」


 いつも怒鳴られているせいか僕が話しかけただけで高木くんは萎縮してしまっているようだった。


「大丈夫ですよ。僕はあなたを責めに来たわけではなくて、あなたを手伝っていい企画を作るために来ているのですからね」

「はい。ありがとうございます」


 こう言っても直ぐには緊張はほぐれないようだ。気持ちはわかるのでゆっくりと始めることにしよう。


「今回の企画はBtoBですのでターゲットははっきりしています。どういった職種の企業にリーチしていくかってコトを念頭に置きながら案を組み立てて行くことが肝要になります」


「はい。そこは分かっているつもりなのですが、対企業モノの経験が少ないので……自信がないんです」


 たしか高木くんは今まで対一般顧客向けの仕事をしていて、そこからの移動で初っ端がこの企画だったよな。


「おっけ。じゃぁ、基本から一つずつ教えてあげるから。まずはね――」


 とりあえず高木くんには一から教えるつもりで僕の知識を詰め込んでいく。思いの外知識の吸収はいいみたいで、企画案がみるみる良くなっていくのがわかった。

 これなら第三案も行けるかもしれない。一応第二案の用意だけはしておくとして、高木くんの伸びに期待しよう。


 それにはまず、あのおっさんの首に縄を掛けておかないといけないな。


「磯内課長!」

「申し訳ございません!」


 いきなり頭を下げられ面食らう。


「? 何がですか?」

「高木がなにかやらかしたのでしょう?」


 高木くんが何か問題を起こす前提って言うのはどうなのでしょうか。やはりこの人には釘を刺しておかないといけないようだ。


「違います。高木さんはよくやっています。かなり伸びています。なので、磯内課長にもお願いがあります」


「おねがい、ですか?」


「はい。彼はとても繊細な神経の持ち主らしくとても細やかなところまで気がついてくれて非常に優秀だと思われます」


「……はい」


 磯内課長は、こいつは何を言っているんだ、みたいな顔をしている。人と話をしていて表情にそんな失礼なモノ浮かべては駄目だろうと思うのだが。


「なので、彼を指導なされるときは怒ったり叱ったりはしないでいただきたい。なるべく褒めて育てる方向でお願いします」


「褒めるのですか?」


「叱咤激励は大事かもしれませんが、ここは一つ僕の顔に免じて心を鬼から福に変えて頼みます」


 磯内課長に頭を下げてお願いする。僕が頭を下げることに価値があるとは思えないが下げて意見が通るのならいくらでも下げよう。


「いやいやいやいや! あ、頭を上げてください! わ、わかりました。怒りません、叱りません!」


「そうですか、ありがとうございます。で、ですね。できれば他の社員の方々にも同じようにお願いしたいのですが……」


 人が怒られているのを聞くだけでも萎縮するし気分も良くないからね。

 それにこいつが怒鳴らないことで会社も少しだけ働きやすくなるかもしれない、なんてことも考えたりした。

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