第56話
「いやぁ、佐野様遠いところわざわざご足労いただきましてありがとうございます。どうぞ、こちらへお掛けください」
鮫島商事の応接室に通された僕は、そのまま上座に座らされる。お茶もちゃんとしたものが出された。
一周目で何度もこの鮫島商事には来たことがあったが、応接室に通されたことは一度たりともなかった。
だいたい鮫島の部長のデスクの前に立たされて企画書などの説明をやらされた記憶しかないし、当然、茶など出たことは一切ない。
「鮫島商事営業部長の飯田と申します。今後ともご贔屓によろしくお願いします」
その後ろに小さくなって控えているのが当の磯内課長だというのだからおかしくて仕方がない。
「どうも、はじめまして。営業1課渉外係外注管理担当の佐野です。どうぞお見知り置きください」
最初から鮫島の企画書を通す気など全く無いので聞く必要は無いのだけれど、うちの部長に頼まれた案件だから邪険にする訳にはいかない。
それに磯内課長とも話を詰めるふりして、ハイグロ企画のオフィスにも出入りしていかないとならないというもう一つの目的がある。
どちらかというとそっちがメイン。
企画の提案内容を磯内課長がパワポで説明するが、要領を得ないので全く理解できない。横についた高木という営業課員が補足説明に冷や汗を流している。
この高木というやつは僕のあとにハイグロ企画に入社してきたが、僕が飛び降りる数日前には「会社辞めたいから次の仕事見つけている」と言っていた男だ。
今回も目が死んでいるので近いうちに辞めるんだろうなって気がする。
小一時間ほど時間を無駄遣いしたあと僕は簡単に評を述べることになる。はっきり言ってどうやってもこの企画も提案も通ることはないのだけど我慢して長引かせるように工夫しないといけない。
鮫島商事も偶にいい仕事するというから子飼いの中にいい下請けがあるのだろう。まずハイグロ企画ではないことは確かだ。
「まだ荒削りですが、悪くないと思います。初案でも弊社の部長が悪くない反応をしておりましたので、少しずつ手を加えて行きましょう」
実際には粗しか無いし、いいところなんて一つもない。部長自ら僕に廃案にするように仕掛けてきた案件。いくら手を加えても何モノにもならないゴミ提案に嬉しそうな顔をされてもね。
まあ僕は僕の目的を果たすだけが目標なので、彼らがどう思おうが知ったことじゃない。
せいぜい頑張って僕の役に立ってくれたらいいのではないかな。
帰り際、酒の席に誘われたがきっぱりと断らせてもらった。
僕は酒が飲めない訳では無いが、飯田部長にしても磯内課長にしても飲み屋と言ったら基本的にフィリピンパブなので僕は行きたくないんだ。
一度だけフィリピンパブが定休日だった日に別の店に磯内に連れて行かされたがそれも場末っぽいなんともチープなキャバクラだったので、そもそも彼らとはもう飲みたくないんだよね。
「今日は本当にストレスフルな一日だったな……」
僕も謙ってくる磯内課長のことをいい気味だとか思えるならもう少し上手に生きて行けている筈なのだけど、この二周目の人生も上手く世渡りできている気が全くしない。
どうやっても根っこの部分は変わらないってことなんだろうと思う。
真面目って言えば聞こえがいいかもしれないけど、ただ融通が利かないだけなのかもしれない。流石に愚直とまで融通が利かないつもりは全く無いけど。
「一人飲みでもして帰ろうかな。アルコールは控えたいけど、ちょっと無理そうだし……」
一周目では酒などほとんど飲むことはなかったけれど、この二周目ではほぼ毎日のように酒を飲むようになってしまっている。
週末ともあれば独りで前後不覚になるほど飲んでしまうこともざらにある。
駄目だ駄目だとは思っているし、分かってはいるのだけれどコトを上手く運べない苛立ちと計画に対する不安がどうしてもストレスとなって襲いかかってくる。
「どうせもう少しでリセット……もしくはゲームオーバーになるんだからどうでもいいよな。胃に穴が開こうと肝臓に異常をきたしたとしても……」
いや、胃に穴あくのは痛そうだし、肝臓を悪くして入院なんて事になったら大変だから構わないとまでは言えないな。痛いのは嫌だし。
駅前の商店街に焼き鳥屋を発見。以前もこの駅を利用していたけど、こういう店がある事自体目に入っていなかったな。
「あの頃は全く余裕がなかったからかな。ま、いいや。今夜はこの店で飲むことに決めたっ」
今の自宅からは相当遠いが、帰りはタクシーで帰ろう。うちの部長からもタクシー券もらっているし、なんなら自腹でも数万円くらいは痛くない。
給料は一周目よりもずっといいのになんだかずっと虚しい。
今夜もストレスと虚しさを酒に沈めて誤魔化している。
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