第55話
「この案件なんだがね……どう思う?」
部長が見せてきたのはとあるプロジェクトの企画書だった。
「あの……正直、かなり稚拙かと」
「やはりそう思うよな。実はこれはウチが世話になっているとある会社から持ち込まれた案件でね――」
その企画自体は特に目を引くようなものはなく、ありふれたものでしかなかった。しかも、全体は見通していないが、粗が目立ちこのままでは使い物になりそうもない。
ただし、企画を持ち込んだある会社というのが鮫島商事という企業であり、その協力関係にあるのがハイグロ企画という会社だった。
ハイグロ企画。
僕が一周目で最後に勤めていた会社だ。
鮫島商事が立案し、ハイグロ企画が企画書を書いていることを勘案して再度企画書を端から端まで読んでみる。
(なんだか覚えがある企画だな……)
支離滅裂なところが散見されていたので直ぐには気づけなかったが、この案件は僕が一周目で関わっていた企画っぽい。
詳細を見ると本来だったら僕が資料作成を指示され、課長の磯内にどやされながら作っていた企画書であることは間違いなかった。
「部長。この案件、どのようにするおつもりでしょうか?」
「うーん。無下にはできなんだよね。そこの鮫島商事って意外と出来る会社でさ。よく手伝ってもらえているんだ。ただ、今回のこの案件はね……ボツかな」
「でも部長的には、一刀両断でボツ、とはいえないということですよね?」
「まあいろいろと柵があるのでね。そこで、佐野君にお願いなのだが、上手いこと転がして最終的にこの案件を廃案に持っていってくれないだろうか?」
「わかりました。勉強になりますので、時間をかけて潰しておきます」
「本来キミみたいなできる子にやらせるべきじゃないんだけど、拗れさせても面倒なのでね。宜しく頼んだよ」
「はい。かしこまりました」
よし。繋がった!
ただあのビルに侵入して屋上に行くだけだったら壊れている非常階段のドアを抜けていけばいい。
でもそれだけだとなにか足りないような、なにか違うような気がしてならなかった。もう少し深く踏み込んであの建物との関係を結ぶことが大事な気がしていた。
僕はこのタイムリープってやつは、僕自身の素養だったり経験だったりがある程度は必要だとは思っている。
そのためになるべく一周目をトレースしていたのだが、そうは上手いこと同じにすることはままならなかった。
しかしそれよりもあの場所との関係性が重要だとここ最近は踏んでいた。
そもそも全くの無関係に近かった和泉をあの場所に迎え入れたのもビルのあの場所だったのではないかと思っている。
そう考えるのに理由なんてない。
場所があり、僕がいて、彼女を呼び込む。直感が間違いないと告げているからそれに従うだけ。
何者がそうしたのかはまったく想像すらできない。神様という存在なのか、異次元にいるなにかなのか、はたまた無機質なただの時間の歪みでしかないのか。
「考えたところでわからないものは考えても無駄だよな。それよりも今回、和泉はいないんだよな……」
今回も僕はあのビルから飛び降りるつもりでいる。
なんとかタイムリープを成功させて、花楓のことを救いたいと思っているし、願っている。
そしてそれを可能とするのは僕しかいない。
そして再度和泉を不幸ルートから外させ、花楓をごく普通の女子高生として過ごさせてやる。次のミッションはこの2つに集約される。
二周目を幸せに暮らしているであろう和泉には申し訳ないが、この三周目が成功した暁には和泉にも無自覚の三周目を体験させてしまうことになる。
現状のこの世界は僕がタイムリープしたことでどうなるのかはわからない。パラレルワールドとして時間が過ぎるのか、僕が消えた時点でこの世界も消滅するのか。
なんとも身勝手だけど観察できない以上なんともいえない。
前回は二人で飛び降りたので二人同時にタイムリープしたようだけど、今回僕一人で飛び降りた場合は上手くタイムリープが出来るのか全く予想がつかない。
もし和泉が重要なファクターだったとしたら?
前回タイムリープした201X年6月17日は和泉にとっての分水嶺だったけどそれは和泉がキーマンだったという証左じゃないだろうか?
そうだったなら僕が飛び降りることが無意味ってこと。
この場合は単純に僕の自死となりただの無駄死にになる。
ただしくじった場合でも、最悪二周目の和泉だけでも幸せに暮らしていけると思えるだけで救われるような気を勝手に持っている。
そう。せめてもの救いなんだ。
あと問題なのは前回と同じ時間に戻るのか否か。
小説では、何度もタイムリープを繰り返すと時間がどんどんとズレていくって言うのが定番だった気がする。
「まぁコトが起きる前なら幼稚園生だろうと小学生だろうとどうでもいいんだけどな」
これもまた自分自身で調整不可能なんだからグズグズ言っても仕方がない。
もう僕は腹を括っている。
あとはあのビルと僕の関係をつなぎ、いざあの時間に実行に移すまで。
それまであと二ヶ月。
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