第54話

「えっと、なんでまた?」


「何故ここにいるかってこと?」


「そう」


「さっき言ったじゃない。誠志郎くんを待っていたんだよ」


 そうじゃなくて、何故僕がここに来るかと思ったのかが知りたかった。だって、ここに来ようと思ったのはついさっきなのに。


「んーなんとなく、かな。あと、大半は私の希望かなぁ」

「希望?」


「うん。このままバイバイは嫌だなって。最後くらい言いたいこと言っておかないと気がすまないっていうか……」

「なにか言いたいことあったんだ」


 なんで私一人にしたんだ、とか、なんで疎遠にするんだ、とかかな。

 本当の理由なんて言えないから謝り続ける以外に方法はないんだけど。


「うんとね。わたし、ここまで独りで出来るようになりました。ちゃんと卒業だってできたよ。わたしから離れたのだって誠志郎くんの優しさだってわかってる。ホントありがとう!」


「僕は何もしていないよ。ぜんぶ和泉の努力あってのものだと思うな」


「それはもちろん、努力はしたよ。でも、努力しようと思ったのも実際に頑張れたのも誠志郎くんがいてくれたからこそだもん。だからね、感謝してる」


「そっか。そこまで僕のことかってくれるなら素直に受け取っておくよ」


 しばらく二人で思い出話をしていた。花楓のことはなんとなく避けながら。


 ただ僕たち二人の思い出には花楓抜きでは語れないものは数多い。


「カエデちゃん、どうしているかな……」


「……うん。傷はそう簡単には癒えやしないだろうけど、元気でいてくれたらそれだけでいいよな」


 あれから何回も花楓の消息を辿れないかあれこれとできる限りのことはしたのだけれど、個人情報の保護などどうしても突破できない情報の壁に突き当たってしまっていた。

 花楓のご両親が中部東海地方の出身なのでそちらの線が濃いと思われるが、それだってエリアが広すぎてどうにもできない。


「もうカエデちゃんにも会えないし、今日で誠志郎くんともお別れだね。寂しいな……」


「ああ。そうだね……」


「……あのね、わたしたちお別れしないとだめなのかな?」


 和泉の言わんとする事はわかっている。外見は子供だけど精神はアラサーなんだし、陰キャを卒業した僕は和泉の言葉の端々に出る機微に気づかないほど鈍感でもない。


「ゴメン……」


「ん、そっか……わかった。誠志郎くん、本当にありがとう。わたし、ちゃんと幸せになるね……さようなら」


 和泉はそれだけ言うと走って図書準備室を出て行ってしまった。


 一人ぽつんと部屋に残される。


「ゴメン……」







 大学では一周目と同じように出来るだけ静かに過ごそうとしていた。

 ただどうしても先々どうなるかの予想がつきやすいので、簡単に問題も解決してしまいそうになる。そういった『失敗』も含めながらも4年間が過ぎる。


 就職も一周目と同じ一流企業に入れた。考え事をしていたので、を失念して元気よく自己紹介する失敗を犯し、更には研修中も上手く立ち回ってしまい同期連中に仲間意識を持ってしまわれた。


 なんとか軌道修正を試みている間に一周目にあった重大な失敗局面を成功裏に収めてしまう致命的なまでもしてしまった。


 強引に転職してリセットを足掻いてみるつもりだったが、一周目で転職先だった企業は何故かこの時点で倒産してしまっていてそれさえも不可能状態に。


「ちくしょう。歴史がほんの少しずつ変化しているみたいだ。僕の行く先々で言わば『好転状態』となってしまい上手く行かない」


 コロコロと坂道を転がっていく予定だったのに、人生右肩上がり。『良いことばかり』が先行して起きてしまっている。


「なんで上手く行かないんだよ……」


 悩んでいると周囲の同僚も先輩方も上司さえも、心配して「悩みがあるなら相談にのるよ」と皆が皆言ってくれる。

 これだけ抜き取ると恵まれている状況なのだけど、僕としては他者から見て『破滅願望』のようなことが予定としてあったので相談なんて絶対にできない。



 どうにも修正が利かないまま4年という月日が経ってしまい僕は同期の中でも一番の出世頭になってしまった。僕的には大番狂わせもいいところ。


「こんなはずじゃなかったんだけどな……」


 今日もまた困難なプロジェクトを軟着陸させることに成功してしまい、ちょっとした打ち上げパーティーが開かれている。


「佐野はすごいよな。入社4年目っていやなんとか一人前ってところなのにやっていることは社会人経験10年以上の手練れというか老練しているベテランみたいだもんな」


 高校時代を含めれば他人よりも余計に生きているからな。それなりに経験値が高いので、余程のことがない限りなんとかできてしまう。

 本当ならわざと失敗することも出来るが、この会社でできた仲間のことを考えるとそう簡単には裏切ることはできなくなっていた。


「あー佐野君。いいところにいてくれた。パーティー中に申し訳ないのだがあとで私のデスクまで来てくれるかな?」


「はい、部長。後ほどお伺いいたします」


 運命の歯車は狂ってしまい、僕の計画は頓挫してしまうものと悲観していたが、思いの外運命の歯車とやらは上手いことできているようだった。

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