第53話

 ここのところ勉強が煮詰まるどころか煮詰めすぎてしまって脳みそがカピカピのガチガチになっていたのでちょうどいい機会だった。

 過ぎたるは及ばざるが如しとはいうけれど、まさに今の僕はこんな感じで心身ともに疲労のピークにあるように思える。


「受験勉強があるのにごめんねー」

「いや、誘ってもらって助かったかも。ちょっと限界超えそうだった」


「なら良かった。ちょっと息抜きも必要なのかもね」

「だな。そういう和泉は専門学校のほうどうなの?」


 秋も深まってそろそろ冬物を着ていてもおかしくない時期になっている。専門学校の試験は終わっているところもちらほらあるという。


「ん。決まったよ。栄養士の専門学校なんだけど、一昨日合格通知が来たよ」

「そっか、おめでとう。初めての事だらけだろうけど楽しんで」


 高校3年生から先は和泉にとっては未知の世界だったろう。一度目の今頃は水商売に売春と酷いものだったからだいぶ違う環境だと思うけど、大丈夫だろうか?


「おめでとうっていう割には心配そうな顔しているけど、なにかあるの」

「いやね、前回と違うし全部初めてのことでしょ。大丈夫かなーって」


「あのね、世の高校生のみんなは全部初めての事だらけなんだよ。わたしらみたいなのが珍しいというか他にないんだからね? わかってる?」


「……そう言われると、そうだね。すっかり忘れていたよ」


 言われてみると高校生どころか、世界中の全員は明日を迎えるのが初めてどころか数秒後の世界も初めて経験するのだよな。二回目なんてまず絶対ないわけで。

 僕らの中身の精神は29歳を過ぎている。すっかりアラサーってわけだ。


 ということは僕自身すでにいい大人になっているわけで、経験だって今の同い年の連中に比べて段違いに積んでいる。酸いも甘いも経験済み……いや、甘いのは全く経験していないな。酸いも辛いものほうが言いえている気がする。


 ならば何をするか。単純に”過ぎたこと”とすることは決してできないが、前を向くことぐらいは余裕でできて当たり前じゃないかと思う。


 僕の中では概ね方向性は決まっていて、そこに向けて動き出しているじゃないか。

 ならば何も余計なことを考えず、そこに向かって突き進めばいいだけ。


「そうだね。僕は大人でいま何をするべきかは十分にわかっているんだもんな」


 気づかないうちにだいぶ身体の方の年齢に引っ張られていたようだ。

 僕は艱難辛苦の末、今ここにいるんだ。大事なことを失念していたようだな。




 卒業証書の授与がゆっくりと進んでいく。

 4組の僕よりも1組の和泉のほうが先に卒業証書を受け取る。壇に上る和泉が遠目に見える。


 目の奥がぐっと痛く熱くなってくるが、最大限の努力を持って我慢する。

 色々な想いがぐるぐると渦巻いているうちに自分の順番が回ってくる。


 今日は両親ともに仕事を休んで卒業式を見に来てくれているので少しだけ意識してしまう。一周目は誰一人としてこの卒業式に来なかったんだけどな。ここにも少しだけ改変があったようだ。


 おっと、無性に緊張してきたぞ。前回はなんの感情もなくただ機会的に、事務的に卒業証書を受け取って自席に戻るだけだったのに。


 両親が来ているから? 違うな。

 和泉が僕のことを見ているからだ。さっき目が合った。和泉が壇上に上がったときと僕が壇上に上がったときの二度。


 たった二度だけど、思いというか気持ちは伝わったような気がする。

 彼女がこの先どんな生活を送るのかはわからないし、それについて話そうとも思っていない。


 彼女のことを考えてしまうと僕の計画がぶれそうで怖いのだ。彼女の未来を、彼女自身を失うのはやはり怖い。でもやり遂げないわけにはいかない。

 僕の中でのこの葛藤が落ち着くことは今後もないのかもしれない。

 でも進んでいくしか無いのだと思う。



 卒業式が終わると一旦教室に戻って担任から最後の言葉をもらう。

 黒板には卒業おめでとうの黒板アート。担任が美術教師なのでこれは先生の力作だっていう。


 みんなで黒板の前で写真を撮り合う。

 そして別れを惜しみながらも一人、また一人と教室を去っていく。


 僕も主要なクラスメイトには別れの挨拶も終えたのですぐにでも席を立ち帰ってもいいのだけど、なかなか腰が重い。


「そうだ。あそこには寄っておこう」


 重かった腰を上げて、最後まで残っているクラスメイトに別れを告げて教室を出る。出るときに和泉の教室の前を通ったけど和泉はもういないようだった。


「寂しいような、当然のような……」


 なんとも言い難い気持ちを持ちつつ、特別棟の三階の隅を目指す。




「やっぱり開いていないよな」

 図書室の鍵はしっかりとかかっていてドアは開いてくれない。卒業式の日に図書室は開けないよな。


「図書準備室が開いているわけないよな……」

 鍵がかかっているものと思いながらも準備室の方のドアを引いてみる。

 あっさりと開いた。


「へ?」

 ドアが開くことに驚きながらも中に入る。ここに足を踏み入れるのも一年以上振りになる。


「やっと来たね」


「和泉……」

 旧文芸部部室の中には和泉がいた。


「待っていたよ。絶対にくると思っていたからこっそり鍵を開けておいたの」

「……そっか」


 僕はそっと図書準備室の扉を閉める。





※時間無い頭回らない首もついでに回らない

上手いことかけないなぁ……


短編でリハビリしているので良かったら探して読んでみてくださいm(_ _)m

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