第51話
残りの夏休みの期間は時間だけがただ機械的に流れていくようなものだった。
一人でいると気が狂いそうに悩み悔やみ自我を保てそうにないくらいの恐怖を感じるので、なにかするわけでもなく和泉と無為に同じ時間を過ごした。
バイトだって行きたくはなかったけど、会社に迷惑をかけてしまうので這うように出かけていき、息を殺して労働した。野添くんがものすごく心配してくれたけどうまく言葉は返せなかった。
和泉はバイトを辞めた。それがいいと思う。どうせ辛いだけだ。僕みたいに変に会社に義理堅くなったところで給料が良くなるわけでも待遇が良くなるわけでもないから。ましてや幸福になどなり得やしない。
僕が簡単にやめられないのは、結局はそういう性格なんだろうと思う。本当に馬鹿らしい。
そうしている間に夏休みは終わる。出された課題は最初にやっていたので、後半抜け殻のようになっていたけどなんの問題もなかった。
学校が始まるとやはり花楓は退学していた事を知る。一応、転校ということになっていることは文芸部の顧問から聞いた。でも、どこに転校したかなどは教えてもらえなかった。
「この部活、続ける?」
「……正直迷っているよ。もともと一回目では廃部になっていたし、今回は花楓がいたから続けていたようなもんだからね」
「わたしと二人だとやる気が出ない?」
「い、いや。そういうわけじゃないんだけど……」
「嘘、ごめん。別に誠志郎くんを困らせたいわけじゃないの。今は同じクラスだし一緒にいてもおかしくはないけど、来年はどうなるかわからないじゃない?」
「そうだね」
「そうすると、少しでも誠志郎くんと接点は残しておきたいな、って思ったの。なんか未だ不安なんだよね、いろいろと」
和泉の言いたいことはなんとなく分かるような気がする。漠然とした不安ってやつなのだと思う。
とりあえず部活は今年度までは継続できるので現状維持となった。来年度は勧誘をするつもりもないし、早々に引退の時期もくるので廃部になるだろうことは想像に難くない。
僕も和泉も表面上だけは平静を装って、何ごともなかったように振る舞った。僕らのおかしな言動から花楓のことがほかの生徒に知られるのが嫌だったから無理矢理に気持ちを抑えた。
野添くんや荏田川さんなどの友だちはなにか察したようで、温かく僕らに接してくれていた。理由は何であれ、僕たちは友情に応えるように精一杯の元気を振りまいた。
文化祭も修学旅行もグループのみんなと楽しんだ。一時的にせよ、楽しんだのは本当で気が休まるには十分すぎであり、友人たちには感謝しかない。
あれ事件以来、瀬長はもちろん遠藤茜や嶋村友紀、鈴木瑛太など退学させられた面々からの接触は皆無だった。どこでどうしているかの情報も無いので、もしかしたら街を出ていったのかもしれない。
花楓のときに和泉に送られてきていたSMSもあれ以降は全く送りつけられた様子もなかった。
一方で警察の捜査の方も行き詰まっており全く進展がないと言っても過言でない状況だった。
「一応わたしが当事者の一人っていうことなんで、進捗の程度は聞けば教えてくれるんだけど、何もわかっていないみたいなんだよね」
花楓が結局被害届を出さなかったことも影響しているのではないかと思うが、これをどうこういう権利は僕らにはないので特にコメントするようなことはない。
「そっか……。もう冬だっていうのにな。花楓、どうしているだろう」
犯人たちはやりたいことだけやって、僕らをどん底に落としたので満足したのであろうか。
もしそうなら、悔しいけれどあいつらの目的は成就したといって間違いはないと思う。
だって、僕らは未だどん底から少しも上がってこれていないのだから。
やつらに仕返しをしたい、花楓の悔しさをぶつけて懺悔させたいという思いは無いわけではないけれど、それをしたところで過ぎた事実は消えないので気持ちがとても宙ぶらりんで落ち着かない。
結局のところ僕らは無力だってことなのだろう。
終業式の終わったあとの図書準備室。
今日は本当に一部を除いたらほとんどの部活は休みのため、校舎には人影がまばらだ。
明日から冬休みに入るし、明日はクリスマスイブともあってクラスメイト同士、恋人同士で街に繰り出すような話もあちこちで聞かれた。
「最近はどうなの? 体の具合は」
和泉は心労から軽い鬱を患っていた。
「おかげさまで落ちつてきているよ。薬はまだ止められないけど、落ち込んだりメソメソしたりは最近無いかな」
「そうか、それは良かった」
「うん。誠志郎くんにも心配かけちゃったね」
「いいよ、大丈夫。僕の方も最近は気持ちが落ち着いてきてはいるから多少のことはどんと来いだよ」
本当は和泉の薬の量が増えていることを知っているし、偶に人気のない部室で泣いている事も僕は知っている。
僕自身にしたって、毎夜のように悪夢は見ているし、精神的に苦しいときもあることは自覚していた。
和泉のことを心配する余裕だってないときだってあるんだ。
お互い嘘をつくのだけは上手になっていた。
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