第46話

 街灯もまばらな住宅地を抜けると、直ぐに湖畔緑地公園の入り口にたどり着く。


 夜に封鎖される公園ではないようで、そのまま真っ暗な公園内に足を進めた。暗い上に、工事通行止めで通路が使えないなど迂回を繰り返しなんとか人造湖の湖畔までたどり着く。


「あのコンクリート造りの小屋?」

「みたいだな。あれがポンプ場で間違いなさそうだ」


 ポンプ場までは駅とは反対側から別のルートで道路が来ていた。犯人はたぶん車両でこちらの道を使いここまで来たに違いない。


「誠志郎くん。フェンスの鍵は壊されているよ」


 見るとスパナか何かで力任せに南京錠を解錠したような痕跡があった。


「中に入ってみよう」

「うん」


 ポンプ場の中に入るにはドアを開けなければならないが、犯人がこっちも解錠していたとすれば、わざわざ閉め直してはいないと思う。


「ここのドアは閉まっているみたい」

「他にもドアがあるかもしれない。そっちを見てみよう」


 道路側の二つのドアはどちらも施錠せれており、全く開く気配が無かった。もしかしたら裏側にもドアがあるかも知れないので僕らは直ぐにポンプ小屋の裏手に回る。


「あ、あそこ。小さいドアがある」


 小屋裏手の配管口横に普通扉半分サイズほどのハッチがあった。懐中電灯の光を当ててみると、ハッチの鍵をこちらも破壊した形跡があった。

 バールのようなもので無理矢理にこじ開けたようだった。


「開いているから中に入れるね」

「待って。僕が先に入る。犯人がいるとまずいからね」


 懐中電灯の光を消して僕一人がポンプ小屋の中に入る。


 ブーンという低い唸るような音がするがポンプ用のモーター音のようだ。

 明かりはポンプの配電盤や操作盤に取り付けてある起動ランプ程度。他に明かりも音もしない。


 懐中電灯のスイッチを入れて明かりをつける。

 辺りはポンプだろうか、機械設備が所狭しと並んでいる。奥のほうは少しスペースが有るようだ。


「誠志郎くん、私も入るね」

 和泉もあとから小屋の中に入ってきた。犯人はもういないようだ。ならば、花楓は?


 懐中電灯の光を巡らす。

 少しだけ開けた場所に人影。


「花楓!」

「待って! 私が先に見てくる。もしカエデちゃんならどんな状態なのか見ないと、誠志郎くんには見せられない」


 そうだな。下着姿の場合や最悪着衣すべてを剥ぎ取られている場合も想定できる。

 直ぐにでも花楓のもとに駆け寄りたいが、ここは一旦和泉に任せる。


 なにかに気づいたのか駆け寄る和泉。唸るような泣くようなそんな声を抑えたくぐもった声が聞こえてくる。


「和泉? ど、どう?」

「……誠志郎くん、来ても大丈夫」


「わかった。花楓は? どんな状態なんだ⁉」

「暴行されたときの出血はあるけど、他は傷つけられてはいないみたい。今は、気を失って眠っているような感じ……」


「警察と救急車は?」

「呼んで方がいいわよね、やっぱり。捜査ってなれば警察の方がいいだろうし。ただマトモにやってくれるかどうかは別だけど」



 程なく警察車両と救急車がやってくる。


 簡単な状況説明をやって来た警官にしたあとは、僕と和泉も警察署に連れていかれた。

 事情聴取されても僕には大した事情も知っている情報もなかった。あくまで和泉のスマホに届いたSMSを知っている程度。


 和泉と話した犯人の目星については、何も知らない僕から言うことじゃないので口を閉ざしておいた。必要なら和泉のほうが話すと思う。

 後で聞いたが、実際に和泉はその話はしたそうだ。ただ、警察が動くにしては証拠として弱い、らしい。使えないな、警察。


 その後僕たちは、未成年ということで夜明けの早朝に親が呼び出され、僕は隣町に住む叔母に和泉は母親に引き取られ自宅に帰宅した。


「朝っぱらからごめんなさい」


「せいくん。話は聞いたから叱りはしないけど、あまり無茶すると姉さんもお義兄さんも心配するから自重しなさいね」


「うん。でも、彼女は僕の大切な後輩なんだ。それが……こんなことに……」


 張り詰めていた気持ちが少し緩んだのか、徹夜明けの身体は心底疲れていたようで、いつの間にか眠ってしまった。





 ―――花楓があんな事になったのはすべて僕の失敗が原因だ。


 タイムリープにバタフライエフェクト。すべてが思うがまま順調にいって僕はとてもうかれていた。

 本来、一周目のマイナス要素を二周目でプラスに転じさせているのだから、どこかに歪みが出て然るべきと想像しないとならなかった。


 それなのにそんなこともひとつさえ何も考えず、自分の自由気ままに動いた所為で歴史はどんどん改変されていったに違いない。


『多少の歴史改変は仕方ないだろうけど、ニュースを見ても大局的には何も変わっていないみたいだから安心』なんて考えていた僕が浅はかだった。


 確かに全世界的に見れば花楓が暴行されたことはニュースにもならない些末な出来事扱いされるかもしれない。

 ただし当事者にとっては途轍もない大事件なんだ。それこそ取り返しの出来ないような……。


 花楓とは交流を再開するべきではなかったんだ。僕が孤独な陰キャで彼女と他人のままならこんなことにはならなかった、絶対に。

 僕がやるべきことは自分自身のことではなく、ただ単純に飯館さん行く末をほんの少しずらす程度が適当だったんだ。


 兄妹仲は過去になく良くなり、和泉は足を踏み外さず、花楓も人見知りを克服できそうだった。だから調子に乗っていい気になっていたのだろう。


 僕自身の見た目も行動力も前回とは全く違う。彼女らにチヤホヤされて僕の新しい人生は順風満帆だと勘違いしていた。


 それがとんでもない勘違いだって思い知らされた。僕は……。どこで何を間違えたのだろうか。


 僕のやり直し計画は頓挫したといっていいだろう……。

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