第44話

 やっと暗くなってきた夜8時。瑞希は食事の後近所の幼馴染の女の子の家で花火をやるのだといって出かけていった。

 斜向かいのお宅なので送り迎えはしない。そこまで僕も過保護じゃないしね。


 特にやることもないし、やりたいこともないので部屋に戻ってベッドに横になって古いマンガを読む。実際には新刊だけど僕的には古いってだけ。


 1時間ほどもするとドタドタと階段を上る足音。瑞希が帰ってきたようだ。その足音のまま僕の部屋のドアが開く。


「お兄ちゃん! 今日、みゆちゃんちに泊まってきてもいい?」

 みゆちゃんとは斜向かいの幼馴染の女の子。


「みゆちゃんちはいいって言っているのか?」

「うん! おばさんが偶には泊まって遊んでもいいって!」


「それなら行っておいで。一応、自分の鍵は持っていくんだよ。兄ちゃん明日バイトだから帰ってきても鍵は閉まっているからね」


「はーい! いってきまーす」

 騒がしくも楽しげに瑞希はみゆちゃんのお家にお泊まりに行ってしまった。


「本格的に一人って久しぶりだな」


 単身赴任の父さんのところに母さんと瑞希で遊びに行ったときが確かあったはずだからその時以来って事になりそう。この二周目では初めてかな。


 実際のところ一周目は一人、というより常に独りって感じだったけどね。


 風呂にも入ってマンガを読むにも飽きたし、かといって他にすることもないしで寝ようかと思ったところスマホに着信。


『今いい?』

 和泉から。珍しく端的な問い掛け。


『大丈夫。珍しく今日は家に誰もいないんだ』

 そう送信して、既読が付いた途端に音声チャットの着信音が鳴る。


「もしもし、珍しいね。電話なんて」

『ごめん。いま一人なんだよね?』


「そうだけど」

『今から誠志郎くんの家に行ってもいい? いいや、行く。待っていて』


「え? どうしたの?」

『電話じゃ言えない。直ぐに出るから、待っていて』


「えっと、うん、待っているよ」

 そこまで話して、通話を切る。


 和泉の口調からどうも切羽詰まった話があるようだったので、もう遅い時間との言葉は飲み込んだ。


「電話じゃ言えないような話ってなんだろう? 宿題――は特に問題なかったよな。バイト関係かな? まさか誰かに告白されたとかじゃないよね……」


 このときの僕はなんとも呑気なことを考えていたんだ。まさか、あんな事態になっていようとは夢にも思っていなかった。




 電話を切ってから20分ほどしたところでインターホンのチャイムが鳴る。


(だれだ? 和泉んちからだと電車と徒歩で1時間半前後かかるから和泉じゃないよな。みゆちゃんちのおばさんかな?)


 1階にあるインターホンのモニターを開く。そこに映っていたのは和泉。後ろにはタクシーが走り去るのも映っていた。


「いま玄関開けるね。待って」


 どういうことか、和泉は我が家までタクシーを使ってまでやってきたようだ。それだけ追い込まれているって可能性もある。


「和泉! どうしたっていうんだ⁉」


「待って、ここじゃ話せない。誠志郎くんの部屋でいい? いや、周りに人が絶対に来ないならどこでもいいんだけど」


「わかった。僕の部屋でいいよ。階段を上がって右側の部屋だ」


 小さい丸テーブルを挟んで向かい合って座った。

 急いで来た割に、深刻そうな表情をしているが和泉はさっきから一言も話さない。しかし憔悴しきった顔には余裕がない。


「で、こんなにも急いでわざわざうちにやって来たからにはそれ相当の理由があるんだよね? なにか切迫したヤバいことなの?」


 和泉は頷くと、自らのスマホを操作し画面を僕に見せる。

 そこにはSMSのメッセージが二つ。


 1つ目。


『やあ、飯館さん。はじめまして。私には特に君に縁もなければ勿論恨みも無いのだけど、とある方面からの依頼があってね。それがちょっと断りきれなくてね、申し訳ないけど君にはちょっと辛い目にあって貰うことになった』


 電話番号が+373 から始まる番号だった。日本の番号じゃないのくらいしかわからない。ただ普通じゃないのはわかった。



 2つ目


『時間を開けてしまって済まない。我々は実行した。君がこれでどの程度の苦痛を受けるのか私は分からないが、依頼なのでね。証拠として次のURLに動画を上げておくとするよ』


『再生可能な時間は今から1時間だけだから早く見てね。その後は自動的に永遠に削除されるので安心していいよ。じゃ、後でもう一度だけ連絡するね(URL)』


 こっちの電話番号は+267 からの番号。同じ人からのメッセージらしいのに国番号が違うってどういうことか?


「これって?」

「電話番号は偽装してあるから意味ないよ。よく詐欺メッセージとかで使われる手法だから……」


「うん。それでこれってなんなんだい?」

「…………カエデちゃんが誘拐された」


「ん? 今なんて? 花楓がどうしたって?」

「誘拐されたの! それで………」


「それで……?」

「――レイプされた」


 何が? どうして花楓が誘拐されて、更にレイプまでされないとならない? なんで和泉はこのメッセージ二つでそれがわかると言うんだ?


 わからない! 何が? どうした⁉ 何が起きている?


「すまない、順序を追ってちゃんと教えてくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る