第43話
「腹減った……」
彼女たちのバイト先のカフェレストランに行くために今電車に乗っている。
電車に乗らなくとも、カフェレストランに行かなくとも飲食店はそこかしこにあったのでその誘惑を断ち切るのには苦労を要した。
「ランチは男性でも満足できるようなボリュームだって和泉が言っていたのを信じるしかないけど、こじんまりしたカフェ飯でも出てきた日には帰りに牛丼も食べていかないと保たないぞ」
花楓たちのバイトしている店には実は一度も行ったことがない。学校最寄りの駅から2駅ほど先にある駅前繁華街にその店はある。
僕個人としてはその駅周辺は全く用事がないので、ついでに立ち寄るなんてこともないので余計だった。
自宅から出て1時間ほど。やっとのことで件のカフェレストランに着いた。
僕が一周目も含め一度も足を踏み入れたことのないようなおしゃれな外観にすでに来るんじゃなかった、という思いがよぎる。
それでも空腹はすでに限界であり、中の人には花楓と和泉がいるという心強さから小洒落た扉を開け勇気を持って入店した。
「いらっしゃいませ~ お待ちしておりました。お客様、何名でいらっしゃい……ます……か? あっ、誠志郎くんだ‼ おはよう」
「お、おはよう。近くまで来る用事があったから来てみたよ」
早速嘘をついた。
昼だけど挨拶がおはようなのは、ここのカフェも一緒らしい。僕のバイト先の倉庫も、朝昼晩構わず挨拶はおはようなんだよね。理由は知らない。
「瑞希ちゃんと一緒じゃないんだね」
「ああ、あいつは友達と3日連続でプールに行っているよ」
「この暑さじゃ、プールは最高だろうね。海も良かったけどね⁉」
「そういえば和泉も少し焼けたみたいだね。肌がうっすら黒くなってるよ」
和泉も日焼け止めが剥がれて焼けてしまったようだな。お互いはしゃぎすぎたな。
「もう、気にしているんだから言わないでよ。ほら、お一人様はこちらの席へ。ご案内し致します」
「いきなり仕事に戻るんだな。そのメイド服な制服、よく似合っているな」
「なっ! ば、ばか……。急にそんな事言わないでよ、ばか」
顔を赤くしてばかばか連呼しないでほしい。そんなに言われるのが嫌なら和泉にはもう何も言わないでおこう。
「はいはい。すみませんね」
「注文はカエデちゃんに来てもらうように言っておくから、カエデちゃんも褒めてあげてね」
褒める? 褒めたつもりはなくて、率直な感想を言っただけなんだけどな。
さて注文はすでに決まっている。本日のランチ、これ一択。お値段とボリューム的に他のものは頼みにくい。コーヒー付きなのも加点要素だな。
「いらっしゃいませ、せんぱい」
「あ、花楓。いらっしゃいました。ほう、花楓もカフェの制服がよく似合っているな」
地味な一本結びをポニーテールに結び直し、いつも目元を隠している前髪も横に避けてきれいな瞳が伊達メガネの奥にきらめいている。伊達メガネだけは取らなかったんだな。
人見知り対策の防御盾にでもしているのだろうか?
「あ、ありがとうございます。せんぱいに制服姿見せられてよかったです。可愛いですよね、この制服」
和泉にしろ花楓にしろ、着ている本人の
「じゃあ注文いいかな? この本日のランチを一つ。コーヒーは食後でお願い」
「かしこまりました。本日のランチ一つに、コーヒーは食後ですね。お待ち下さい」
ペコリと頭を下げて厨房にオーダーを届けに行く花楓。なかなか様になっているので安心した。
最近では見ることなくなってきたが、最初の頃は何をするにも右往左往してオドオドしている花楓しかイメージが無かったもんな。
ゆっくりと食事をしながら和泉と花楓の働きぶりを観察する。
まだ期間も短く慣れていないところも散見されるけど、思いの外堂に入った仕事をしているって思った。
僕なんて人生二周目だし、実年齢27歳だから、倉庫の仕事ぐらいなんてことはないけれど、一方の彼女らはただの高校生。初めてやるアルバイトとしても及第点以上はもらってもいいと思う。
彼女らのバイト終わりまで待とうかと思ったけど、ストーカーじゃあるまいし、そこまではやりすぎのような気がしたので食事を終えたら帰宅することにした。
「ごちそうさま。じゃ、次は火曜日の部活で」
「来ていただきありがとうございました、せんぱい。わたしも結構頑張っているでしょ?」
「うん。それは感じたよ。花楓が大人になったなぁと嬉しさ一入だね」
「そういうお父さん目線は嫌いです。ありがとうございました。また来てくださいね」
和泉も向こうの方で小さく手を振ってくれている。軽く振り返して帰ることにする。
平和な日曜日。
そのまま帰るのも勿体ない気がするので、知らない街でも散策してから帰ろうかな。
なんだろう、この余裕のある生活。
死にものぐるいで仕事していたのが嘘のよう。いや、実際には一度死んだんだろうけど。
焦燥感がないって最高だよね。
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