第41話
「じゃ、次はわたしの番ね。誠志郎くん、塗って」
「え? 本当に?」
日焼け止めクリームの入ったボトルをなんの躊躇もなく渡してくる和泉。
「当たり前じゃない? 背中、あと脚、ふくらはぎはいいから腿裏まで塗ってよね」
「はぃ? 腿ってなに? 背中はわかるけど、腿はできるでしょう?」
「だって届かないもん。背中だけじゃなくて腿裏とかもよく見えないし、わたし、身体硬いから下手なんだよね。だから、塗って」
有無を言わせず、レジャーシートへうつ伏せに寝転ぶ和泉さん。
「ん! 時間が勿体ないよ?」
「わ、わかったよ……。後で文句言うなよな」
まずは肩口から。
(うっわ、すべすべじゃないか⁉ クリームの有無に関わらずなんてきめ細やかな肌なんだよ)
肩甲骨当たりから脇の方に手が流れると「あんっ♥」なんて、艶っぽい声を吐息混じりに出される。
いやいや、前のほうは触ってないし! 確かにちょっとだけ肩甲骨まわりとは柔らかさの具合が違っていたけど……触ってないよね? 絶対に前の方には手は回していないからね。
急いで腰の方に手を移動させて、さっさと塗り終わらせることに集中する。
「ぬ、塗り終わったぞ」
「腿」
「え?」
「もものうしろ、まだじゃん。塗って!」
「こんなところ自分で塗れるでしょ?」
「誠志郎くんに塗ってほしい。嫌なの?」
和泉の腿をじっと見る。いや、こんな箇所じっと見ちゃ本当は駄目なんだろうけど。
「し、知らないからなっ」
どうせ僕のことを揶揄かって面白がろうって魂胆なんだろうけど、僕なんかが触ってもいいんだろうか?
いつもバカなこと言い合っているから忘れがちだけど、和泉はみんなが羨むような美少女。トラブルはあったけど、その可愛さに陰りは一つもない。
対する僕は、やや陰キャのそこからは脱し始めたけれどいまだカースト底辺あたりを彷徨くような輩だ。
「ねぇ、早く、シテ」
「お、おう……」
もう破れかぶれだ。無駄に緊張するけれど、ウォータースライダーでの密着には耐えたんだ、大丈夫、僕ならできる! 僕はできる子!
手に日焼け止めクリームを取り、和泉の腿に手を這わす。
「くぅんっ、あふ♡ いゃん……」
「うおうっ」
這わした手を慌てて離す。
さっきよりも濡れた色っぽい声が大量の吐息とともに和泉の口から漏れ出る。
「誠志郎くん、なんでやめるの? 止めないで……早く、もっと、奥までお願い……」
「お、奥ってなに? ぬ、ぬぬぬぬ塗るけどちゃちゃっとだからな!」
両手にクリームを取って、両足ともいっぺんにだーっと塗りたぐった。もう僕のキャパはオーバーしていますよ……。
「あ、ありがとう。あとは自分で塗るね」
和泉は僕から日焼け止めクリームのボトルを受け取ると腕や足、ついでに腿裏までしっかりクリームを塗っていた。腿裏、届くじゃん……。
要するに僕は和泉に面白おかしく揶揄われたということみたいだ。
27年女性に触れることさえほぼなかった生涯童貞の僕を
なんだか腹が立って和泉のこと睨んでやろうと彼女のこと見たら、なんだかそんな思いは一気に消え去った。
だって、和泉は顔から耳まで真っ赤になっていたんだもの。なんだかんだ言っても彼女もものすごく恥ずかしかったみたいじゃん。
ついこの間まで陽キャの女王様扱いだったからこんなの日常なのかと思ったけど実際は違うって話だったよな、確か。
意外かもしれないけど、和泉は過去にカレシがいたことがないという。かなり男子にはモテていたけど、そういうのにはあまり興味がなかったとか。
だから瀬長と鈴木がモーション掛けてきても無視していたんだろうな。逆にそれが奴らを暴走させた原因にもなったのかも知れないが。
そんな和泉が、一周目の今頃には道を踏み外して終いには妊娠、中絶と一気にセックスと金とクスリに堕ちていくんだから分からないものだよ。
とりあえずそっちの線は今回消え失せたみたいだから安心して見ていられるけどね。
「な、何を見ているのよ。誠志郎くんもはやく全身にクリーム塗って、水辺に遊びに行くんだからね!」
「はいはい。おっけ、直ぐ用意するよ」
「さっきまでオドオドしていたくせによゆー振るのなんだかムカつくんですけどー」
「別にオドオドなんてしてないよ。和泉こそ真っ赤だけど照れているじゃないか?」
「うっさいわね。いつまでもこんなところにいるから暑いだけだよっ。ほら用意できたなら行くよ!」
パラソルの下から真夏の太陽の下へ飛び出す和泉に遅れないように僕も走り出す。
花楓には申し訳ないけど、僕ら二人でも十分すぎるほど海を楽しめそうだ。
「ほらぁ和泉~ 一人で走っていっちゃ迷子になるぞ!」
「迷子になるのは誠志郎くんの方でしょ⁉ 誠志郎くんが迷子になったら、ちょっとそこら辺のイケメン捕まえて遊んじゃうんだからねっ」
「そりゃ和泉なら選り取り見取りだろうけどさぁ」
「なにいってんの? ばーかっ、わたしは誠志郎くんじゃなきゃ遊ばないよーだ」
おっ、おう……。こういうとき本物のイケメンが応える正しい答えってなんなのだろう……。
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