第40話

 不必要なナンパイベントを避けるために僕はさっさと着替えると女子更衣室の直ぐ近くで和泉が出てくるのを待ち構える。


 すでにビーチパラソルもレンタルし終わっているし、持ってきたクーラーボックスも肩に掛けていつでも出陣できる用意は完璧だ。


 まだ午前も早い時間帯なので、ビーチも然程混んでいないし、ナンパしてきそうなチャラい男どもも今のところ見かけていない。


「ただ油断大敵って言うからな。この前のプールの二の舞いはご勘弁だからね」


 とはいえ、更衣室の扉をじっと眺めているのも若干不審者臭い気がするので海の方を眺めながらチラチラと扉を伺っている。


「おまた――むっぅ! どこ見てんのよ⁉ 誠志郎くん、目がエロい」

「イテテテテっ、ど、どこも見ていないよ!」


 後ろから来た和泉に耳を引っ張られている。


「嘘言ってなさいよっ! あなた、あの水着の女性のことじっと見ていたでしょ? わかるんだからねっ!」

「ごめんって。だって、見てご覧よ。すごいじゃん。誰だってあれは見るって!」


 ブラジリアンなんとかっていうらしいすごく露出度の高い際どい水着を着た女性が僕の目の前を通り過ぎていったんだ。


 あれを無視することなんかできるわけ無いじゃん!


「もう! 知らないっ!」


 和泉は不機嫌になってしまったようで、プンスコ怒ってずんずんと浜辺を歩いて行ってしまう。

 情けなくも僕はその後ろをビーチパラソルとクーラーボックスを担いでいそいそとついていくだけだった。


「なんでわたしのあとを付いてくるの? 誠志郎くんはあの人の後ろでも付いていけばいいんじゃないの?」


「ごめんよ。別にあの人に見惚れていたわけじゃないよ。ただびっくりしただけだよ」


「むう、じゃあ、あの人とわたしじゃどっちが可愛い?」


「えっ、そりゃもちろん和泉に決まっているよ。その水着だって僕が選んだんだから和泉に最高に似合っているに決まっているじゃないか」


 必死だったので柄でもないような言葉が口から漏れ出たけど、和泉にはクリティカルヒットしたらしく途端に機嫌が良くなった。


「そ、そっか……。誠志郎くんにはわたしのほうがいいのか。じゃあ許してあげる」


 実際に可愛いのはどっちだと聞かれたら和泉のことを推すのは決まり切っているとは思うけど、こうも簡単に許されちゃうと拍子抜け感があったりする。いや、いつまでも不機嫌でいられるのはご勘弁だけどね。


「ここらへんにしようか」

「うん、そうだね」


 海の家と水辺のちょうど中間辺りにレジャーシートを敷いてパラソルを立てる。風で飛ばされないようにシートの四隅を固定したらクーラーボックスから飲み物を出す。

 さっき妙に焦ってしまったから喉がすでにカラカラだよ。


「わたしにも頂戴!」

「ちょっと待って。今出すから」

「ううん、それでいいよ。誠志郎くんが飲んでいるやつで。一口だけほしいだけだから」


 これ、僕がすでに2、3口飲んだんだけど? それって、あの……間接キスってやつになっちゃうんじゃないのかな?


「いいからちょうだいな。ん、んく。ぱぁ~夏のビーチで飲むコーラは最高だね。ごちそうさま!」


 悩んでいる暇もなくすっと持っていかれてコクンと一口飲まれてしまった。

 さすが陽キャの女王様。間接キスくらいじゃ動揺のしようもないってことなのかな?


「誠志郎くんはもう飲まないの?」

「い、いや。飲むよ……。のど乾いているしね……」


 和泉が口つけたから恥ずかしくて飲めませんとは言えない。16歳の子供じゃ仕方ないかもだけど、僕は残念ながら27歳の大人、なんだ。これしきのことで動揺してはいけない。


「コクコク……。熱い日差しに冷たいコーラ。さ、最高だね!」

「だよね~ えへへ」


 和泉も暑いみたいで少し頬が赤いような気がする。早く海に入って身体を少し冷やさないといけないな。


 でも、その前に……。


「日焼け止めクリーム塗っておかないと、日焼けどころか火傷になっちゃうな」

「うん、じゃあ背中塗ってあげる。誠志郎くん、うつ伏せに寝てよ」


 うつ伏せにならなくても座ったままで背中くらい塗れるじゃないか。それなのになぜ、なんて考える暇も与えられずコロンとレジャーシートに転がされる僕。


 日焼け止めクリームは少しくらい水に入っても落ちないウォータープルーフタイプで、じゃぶじゃぶ泳がない限り効果が持続するのが売りのやつだった。

 クーラーボックスに一緒に入れてきたのでひんやりとしている。


 和泉の柔らかい手で、背中に塗っていかれるのはくすぐったくも気持ちがいい。


「きもちいい?」

「うん、なんだかくすぐったいけど初めての感覚で変な感じだよ」


 この前のプールのときは瑞希にだいぶ雑に塗られたので感覚がぜんぜん違う。瑞希はなんだかんだやっぱりお子様で塗り方に優しさがなかったもんな。


「脚も塗ってあげる」

「え……うん」


 塗られる気持ちよさに負けて、思わずうなずいてしまった。脚なんか自分でも十分に塗れるのにね……。


「ぬーりぬーり……スッ」

「ひゃんっ!」


 足の付根、内股の間に和泉の手が滑って入ってきた。デンジャーなゾーンの一歩手前で指先は止まったけどかなりびっくりした。


「ごめんね、手が滑っちゃった。このクリームよく滑るね!」


 絶対わざとだと思う。こう言っちゃ失礼が過ぎるけど一回目の将来あんなことやこんなことしちゃう素養はもとからあったのかも知れない……。

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