第38話

「わたしもはっきりとは知らないけど、保護観察処分なのは確かだよ。あと、4人は4人共お互い接触は禁止されているみたい。もちろんわたし達被害者にも接近禁止だよ」


「本当に連絡を取り合っていないと思う?」


「保護観察官が四六時中見ているわけじゃないからね。スマホで連絡くらいは取り合っているとは思うな」


「だよな。さすがに彼ら自身で僕たちに接触してくるとバレるからこっちには来そうにないけどね」


 彼ら4人が何をしていようと僕らには関係ない。今回の件は彼らにとって嬉しくない結果だろうけど、再起して頑張ってもらいたいところだよ。

 ブラックでもいいなら仕事は幾らでもあるのを知っているが、僕的におすすめはしないよ。あれはあれで一種の労役に近いし。


「ま、そんなことはどうでもいいや。それよりも和泉は書評なんて書いたことある?」


「そのまま質問で返すけど、わたしが書評とはなにかってこと分かっていると思う? 読書感想文と何が違うのかさえ知らないわよ?」


 読書感想文は文字を読んでそのまま、読書した本の個人的感想を文章化したもの。読了後、個人のお気持ちや想いをそのまま書けば感想文になる。


 書評って言うのは簡単に言うと本の紹介。まだ手に取っていない人に向けてこの本の著者はこんなで、概要はこう、こんな背景があって、こういうところがお薦めできるといった感想や批評を加えたものをいう。


「書評は読む人に向けて書くってことになるから小論文の練習にもなるよ」


「あー。わたし小論文嫌いだよ。何を書けばいいかさっぱりわからないんだもん」


 今日は部活動の日なので、秋の文化祭に向けて我が文芸部でもなにかできないかと思案している最中に出たのが書評を一人2冊分書くっていうもの。


「和泉先輩はいっそのこと詩とか書かれたらどうですか? ポエマー的要素全く感じられないですけど」


「カエデちゃん酷くない? いじめなの? いじめでしょ?」


 僕も詩は苦手だな。書くのはもちろんだけど読むのもよく分からなくて読んでいる途中で挫折したことも数多い。まだ俳句とか川柳とかのほうが面白いと思える。


 部室の書棚にあるいつぞやの先輩が書いた詩集をぱらりとめくってみる。

 題名は【夏夜の夢】だ。非常にソレらしい題名はつけてある。


 #

 夏の夜、海岸にて踊るスイカの輝き

 花火が宙に舞い、夜空は絢爛

 七色の輝きが瞳を奪い、心を打つ

 砂浜に足を埋め、涼やかな波の音が心地よい


 海風に乗り、夏の夢を追いかける

 流れ星に願いを託し、夜明けを待つ

 夢幻の世界、我が心を虜にする

 夏の詩が紡ぐ、幻想とロマンの舞台


 スイカの甘い汁が頬を濡らし

 煌めく花火が心に花を添える

 夜空には星々の涙、輝きの証

 夏の夜、永遠に続く喜びの歌が奏でられる

 #


 うん。一行目から意味わからん。スイカの輝きって感性が僕には理解できないよ。

 作者名は宗像夢白。ペンネームだろうけど、ペンネームで良かったと思う。実名でこの詩が代々の文芸部員に引き継がれると思うと黒歴史としか思えないからね。


「そういう花楓は何を書くつもりなんだ?」


「ちゃんとした書評を書きますよ。私の書評を見たらその本を読みたくなるのは必至です」


「ふーん、そうなんだ。で、何の本について書くんだい?」


「これです! これの1巻と2巻について書きます」


 そう言って花楓が見せてきたのは表紙に可愛い女の子が魔法使いの格好をしてポーズを取っている絵が書かれた小説。いわゆるラノベってやつだな。


 題名は『俺の幼馴染が稀代の魔道士の子孫だったので、全力で応援してみました①』と書いてある。タイトルが長い上に意味がよくわからない。


 僕はラノベのことを否定もしないし忌避もしていないんだけど、同じ本の1~2巻はどうかな、とは思うのですよ。

 まあ文芸部の部是が自主独往なので、好きにすればいいとは思うんですけどね。ちょっとだけ僕もその本に興味あるし。


「そういうせんぱいは何を書くんですか?」

「これ」


 僕が花楓に見せたのは『地図から紐解く世界の歴史』って新書というジャンルの本。新書というのは本のサイズのことで新刊って意味ではない。


 新書ではビジネスノウハウや政治経済、健康、人文科学など多岐にわたるカテゴリーの書籍がたくさん出版されている。その中の一つがこの本だったりする。


「なんですか、それ? いかにもつまらなそうな本ですね。表紙も文字しかありませんし」


「そのつまらなそうな本を紹介して読みたいと思わせるのが書評の面白いところじゃないか?」


「でも文集が一部も売れないとその立派な書評も読まれることはないんだよね?」


 和泉がとても痛いところを突いてきた。たしかに去年は文化祭で一部も文集は売れなかった。


「こ、今年は製本するほど文章が集められないから、コピー紙の両面印刷で20部くらい刷って自由に持っていってもらうことにするよ」


「20部ってところが現実的でいいわね。資源を無駄にしなくてさすが誠志郎くん」


「SDEX的にいいですよね」


 ガンプラかよ? 花楓さんそれをいうならSDGsだよね?


「まだ時間はあるから和泉も『わたしでも読めたこの一冊』みたいな感じで一つよろしくお願いな」


「なんだか微妙にバカにされている気がしてならないわね。まあいいわ。頑張ってみる」


 そんなこんなで、週1回の部活の時間はゆるりゆるりと過ぎていく。

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