第32話
「おはよ……」
「……もうすぐで昼だけどな⁉」
「寝坊したの。昨日のバイトが思いの外響いたのかもしれないわ」
意外にも和泉もアルバイトは始めてだったらしく、緊張と疲労で眠りこけていたらしい。本当かどうかは知らないが。
「それはお疲れ様。花楓と昼めしどうするか話していたところなんだけど、和泉はどうする?」
「わたしも食べる。あそこがいい、県道のところにある牛丼屋さん。チー牛食べたい」
チー牛は僕みたいな人間の専売特許というわけではないので、和泉のようなキラキラ女子が食べても無問題。でもなんとなくイメージが違うような。
「パンケーキとかじゃないんだね」
「パンケーキも嫌いじゃないけど、どちらかと言うと今はガツンとお腹に来るもの食べたい気分なの」
「じゃあ昼は牛丼屋さんでいいかい? 花楓も大丈夫?」
「私、牛丼屋さんって初めて行きます。楽しみです!」
かもね。花楓にも牛丼屋さんって似合いそうにないもんね。
「もうお腹いっぱい」
「私も満足です。せんぱいもやっぱり男の子なんですね。特盛って言いましたっけ? あんなに沢山食べられるんですね」
「最近はね。まあ、若い身体は燃費悪いから」
27歳の僕じゃ胃もたれは確実だろうけど。
「さて、お腹も膨れたことだし決めちゃうこと決めちゃおうよ。。午前中も和泉が来てからって話していたところなんだ」
「ですね。和泉先輩、勉強会はどちらで行うのですか?」
「ん、うちでどうかなって思ったんだけど。どうかな?」
うち?
「うちって先輩のお宅ですか?」
「そうそう、わたしんち。二人の家の中間だし、学校じゃないから制服を着る必要ないし、わたしは長く寝ていられるし?」
「男の僕が行ってもいいって言うなら僕はそれでも構わないよ」
「男とか女とか関係なくない? どーせ勉強して飽きたら駄弁るだけでしょ?」
女の子の家に行くのは一周目を含めて生まれて初めてだ。余裕ぶって『僕はそれでも構わないよ』なんて言ったけど内心ドキドキだったりする。
「じゃ、決定でいいよね。カエデちゃんもおっけ?」
「おっけです。よろしくお願いします」
「あとプールと海はどうする? 決めてなかったよね」
水着を買うだけ買って満足していては駄目だよね。瑞希もいつプール行くんだって煩いし。
「毎週金曜日に行くよ。でも来週は海だね。再来週はお盆だけど用事なければなにかしよう。残りはプールね」
え? ちょっと待って。壁にかけてあるカレンダーを見る。
「夏休み中の金曜日って5回もあるけど?」
「5回しかないから目一杯遊ぶんだけど? ナニカ間違っているかな?」
僕の場合、月水土がアルバイト。火曜日が部活、金曜日が海かプール。木曜日しかフリーの日がないんだ……。
「大丈夫。わたしも一緒だから。土曜日の代わりにわたしは日曜日がバイトなだけだよ」
「では木曜日はみんなフリーですね。何します? あ、でも次の木曜日は宿題の日かぁ」
花楓さん、無理に予定は入れなくていいんですけど? 社畜並みに休みの日がなくなるじゃないですか⁉
「いいじゃん、遊ぼうよ。それとも誠志郎くんはわたしたちと遊びたくないって感じなのかな?」
「ソンナコトナイヨ。一度しかないこの夏を思いっきり楽しみたいね」
実は僕は2回目なんだけどね。前回はノーカンでいいくらいに暗く寒い夏だったから。
風呂に入りながらぼーっと考える。
一周目の何もなさなかった夏と今回の休むヒマさえないような夏。たぶんヘトヘトになるだろうけど今回の夏のほうが数千倍は楽しい。
和泉に降りかかりそうだった悪意も休みの前に全てうまいこと潰えた。
あくまでも想像でしかないけれど、夏休み前のあの騒動がなければ和泉は遠藤たちと共に半グレの人物と接触があったかもしれない。
なぜ和泉があのタイミングで勉強がしたいなんて言ったのかはよくわからない。確か理由は言いたくない、みたいなことを言っていた気がするけどちゃんとは覚えていないな。
そう言えば、本当に和泉が堕ちて行く難所は越えられたのだろうか?
障害は一見なさそうだけどまだなんとなく気が抜けないんだよね。今日読んだ本に【歴史の修正力】って言うのを見てちょっと恐怖したりしている。
これもただの小説にあった一文でしかないので事実かどうかは検証のしようもないことなのだけど。
ま、今考えたってわからないことは考えても無駄だよね。もし、その事態に遭遇したときは覚悟を持って粛々と助かる道を選べばいい。
今回の僕にはそれだけの気概はあるし、やれることはやりたいたいと思っているのだから。
あと花楓もね。一周目のときの花楓はどうなっていったのかは今や全くわからない。でもあの人見知りの態度や物怖じする性格では学校生活もうまく行っていなかったのではないかと想像できる。
花楓と一周目の僕は同じような匂いのする人間だと思うんだよね。そう考えると自ずと花楓の行動も目に浮かぶってもの。
今の花楓は行動的、とまでは言い切れないがだいぶ行動の幅は広がっていると思える。
花楓とは10年前の4月から先輩たちが引退するまでと、僕がタイムリープしたあとの6月の半ばから今日までしか付合いはない。
でも何となく分かる。彼女は僕が一周目に歩んだような茨道は進まないだろう。彼女には明るい未来が待っているに違いない。そうあってほしいという僕の希望でもある。
でもまぁ、少しぐらいは断ることを覚えたほうがいいとは思うんだけどね。アルバイトの申込みのときとか、『え、あ、はい』だけで和泉に決められていたもんな……。
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