第28話

「こんにちは、瑞希ちゃん」

「こんにちは、和泉おねえちゃん」

「うわぁ相変わらずかわいいね。わたし、瑞希ちゃんみたいな妹ほしい!」


 瑞希が首をコテンと傾げて和泉に挨拶すると和泉は身を悶えさせて感激している。いくら和泉でも瑞希はやらんぞ!


「瑞希ちゃん、こんにちは。今日は瑞希ちゃんも水着を買うんでしょ?」

「そーだよ、かえちゃん。かえちゃんの水着は私が選んであげようか?」

「そこは大丈夫。私の水着はせんぱいが選んでくれるそうだから」


 僕が水着を選ぶって話は有効だったんですか? 僕の拒否権とかは? え? ない。そうですか……。


 前回は死ぬ直前まで女の子と縁がなかったものの、女の子に興味が無かったわけではないので、嫌だとは思わないのですが……ちょっと耐性がないと言うか。


「お兄ちゃんはウチの水着も選ぶのです」

「へーすごいね、誠志郎くん。今日は女の子3人の水着を選び放題だね」


 改札の前でそんなに大きな声でそういうことは言わないでいただきたい。ただでさえ女子3人に囲まれていて目立っているのだからこれ以上は勘弁してほしいです。




 場所を4駅となりの駅チカの商業ビルに移す。


「ここってこんなんだったんだ」

「誠志郎くんは知らなかったの?」

「うん。ぜんぜん。だって用事ないし僕なんかは縁遠い場所だからね」


 ここはいわゆるファッションビルってやつだった。1階は化粧品の店、2階は雑貨。3階が男性衣料品。4階から8階までが女の子向けの洋服屋さんだった。


「水着売り場は9階の催事場だよ」

「なんか女の子ばっかりじゃないか?」


「大丈夫だよ。男子もちらほらいるし、いなくたって誠志郎くんはわたしたちと一緒なんだから問題なしだよ」


「そうです。せんぱいは私たちの水着を選ぶという大事な使命があるので、こんなところで躓いていてはいけません」


「お兄ちゃん! しっかりしてねっ」


 どんだけ僕に水着を選ばせたいんだよ⁉ 僕が選んだからって何も変わらないと思うのだけど。


「じゃあ選んでもらおうか。まずは瑞希ちゃんからでいいかな?」

「はい! お兄ちゃん、お願いします!」


「任された!

 ――とでも言うと思っているのか? 女の子の水着なんてカタチから選び方から全くわからないよ⁉」


 ビキニとワンピースぐらいの違いは分かるけれど、その他今目の前に並んでいる水着の名前さえ定かじゃないからね!


「チッチッチ。せんぱい、そんなものは必要ないです。せんぱいが『これだ!』って言うものを選んでくれたらいいのですよ」


「そうだよ、カエデちゃんの言う通り。誠志郎くんは心が思うままに私たちに水着を着させればいいの。えっと……。なんだったらエッチなものでもいいからね?」


「よくねーよ……」


 ここに来るまでも少しおかしかったけど、ここに来てなかなかの暴走ぶりを見せている3人だ。今日もらった通知表の評価でも悪かったのだろうか?




「瑞希にはこれなんかがどうだろう?」


 ブルーと白のスカート付きワンピース水着を1着選んでみた。


「はぁ? やり直し。お兄ちゃん、これじゃスク水だよ」


 いや、スクール水着はもっと地味だろ? ちゃんとは覚えていないけど……。


「せめて上下セパレートのやつがいいよ。瑞希ちゃんならイケるよ」


「そうだよ。和泉おねえちゃんの言う通り! もう最初から選び直してよねっ」


 え、ええ~。セパレートっていうことはお腹が見えちゃうってことだろ⁉ 駄目じゃん! 肌の露出は最低限じゃないとお兄ちゃん許しませんよ!


「小学生でも女の子は可愛いが大事ですよ、せんぱい」


「ぐぬぬ。3人で攻められると勝てない……」


 瑞希の身長に合う水着はどうやっても子供サイズなので種類はさほど豊富でない。なので、その中からセパレートタイプで僕が妥協できる物を清水の舞台から飛び降りる覚悟で選んでみた。


「これならどうだ?」


 きれいな花柄のタンキニというタイプのセパレート水着だ。これで駄目なら残るはお兄ちゃんが血涙を流すようなビキニタイプしかないのだけど……。


「可愛いかな? じゃあ試着してくるよ。見せるからどこにも行かないで試着室の前で待っていてね、兄ちゃん」


「待ってるのか⁉ えぇ……」


 和泉たちも一緒に待ってくれると思っていたのに、自分たちの水着も見てくると言って、さっさとその場を去って行ってしまった。


 言わずもがな周りは女性ばかりなので、居心地が非常に悪い。なんなら 『なんで男がここに?』みたいな目で見てきては試着室を離れていく人もいたりする。


 いたたまれない……。早くしてくれないかな?


「瑞希、まだかい?」

「ちょっと待ってよ。もう少しだからねぇ!」


 瑞希の言った通り、ほんの僅かな時間で着替えは終わったらしく、試着室の中から「カーテンを開けるからね」との声がかかった。


 水着を試着した瑞希の登場。


「ど、どうかな? おかしくない?」

「うん、すごくかわいい。瑞希にとても似合っていると思うけど、着てみてどう?」

「こういうのって初めてだから、恥ずかしいけど……お兄ちゃんが選んでくれたから、これにしたい」


 僕の後ろの方で『なにあれ、ロリコン?』とか『警備員呼ぶ?』とか不穏な声が聞こえるから早く普段着に着替えてください。抱きついてくる必要はないからね? ないんだよ? わかってるぅ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る